第8話✦それぞれの未来3(モーベルシュタイン王太子の処遇)
(カンファレンスホールにて1)
ザッフィーロ公爵とスマラグドィス公爵、そして、レーヴェは一つの部屋に入っていった。いや、部屋と言うには広く会議場といえばいいのだろうか。中央に円卓があり、その周りは階段状となった長テーブルが三層ほどぐるりと囲んでいた。そして、この広い会議場の一番奥には国の象徴である白いドラゴンと黒いドラゴンを象った国旗が掲げられている。
その広い部屋の中央では3人の者たちが円卓の席についており、一番奥の者の背後にはその人物を守るように1人の人物が控えている。
「遅くなってごめんねー」
スマラグドィス公爵は軽い感じで遅くなったことを謝罪し
「待たせて申し訳ない」
それとは正反対に硬い謝罪の言葉を口にして席につくザッフィーロ公爵。
「いや、この度のことで謝罪の言葉を口にしなければならないのは余の方である」
そう言葉を切り出したのは白いドラゴンと黒いドラゴンを象った図柄の国旗を背負うように一番奥で座っていた人物からだ。その人物は金髪金目であり、どことなく先程人外のモノが模していた姿に似ていた。しかし、人外のモノが模していた姿は青年言っていい年齢だったが、ここにいる人物は40歳ぐらいの壮年の年齢だろうと窺いしれた。
「全くそうだよねー」
スマラグドィス公爵はその人物の言葉を肯定する。しかし、スマラグドィス公爵の隣に腰を下ろしているザッフィーロ公爵は違っていた。
「陛下が謝る必要はありません。全ては王妃殿下のお言葉の所為でしょう」
陛下が頭を下げるべきではないと····どうやら、一番奥にいる人物は国王陛下のようだ。
「王妃は王の瞳にこだわりがあったようでな。モーベルシュタインにザッフィーロ公爵令嬢と仲良くするようにと言い続けていたようなのだ」
国王はどうしてそのようなことを言ったのか理解できないと言わんばかりに顔を歪めた。
「やっぱり。第2側妃殿下のところの第2王子のレクトゥス殿下を王太子にすべきだったよね?それならこんな茶番も起きなかったはずだからね」
国王の前にも関わらずスマラグドィス公爵は軽い口調を崩さない。そのスマラグドィス公爵の言葉を聞いた国王はスマラグドィス公爵に向かって頭を下げた。
「兄上、申し訳ありませんでした。兄上にお願いしてモーベルシュタインの婚約者にスマラグドィス公爵令嬢を据えてもらったというのに」
これは国王の前でもその態度を変えないはずだ。しかし、スマラグドィス公爵が国王の兄とはこれはどういうことなのだろうか。
「王太子もさぁ、僕みたいに第2王子が生まれた時点で、さっさと養子に出してしまえば、よかったんだよ。そうすれば、僕のルティシアちゃんが馬鹿王子に無駄なご機嫌伺いもしなくて良かったし、馬鹿王子の代わりに公務をしなくてもよかったよねぇ。一時は僕も父上である先王を恨んだりしたけど、この茶番劇が起こってしまったということは、父上が正しかったと今更ながら感服するよー」
先程からスマラグドィス公爵は第2王子の名を出しているが、話の内容からすれば、どうやら第2王子は【王の瞳】を持っているのだろう。だから、【王の瞳】を持たない者はさっさと王家から出せばよかったのだと。己を母親の実家であったスマラグドィス公爵家に養子に出したように。
「兄上、全くそのとおりでした。私の考えが甘く、父上に比べたらまだまだだと痛感しました」
普通なら国王である者が家臣であるものに頭を下げることはない。しかし、その国王も何かしら兄であるスマラグドィス公爵に思うことがあったのだろう。己が生まれてきた所為で、王家を追い出されるように養子に出された己の兄のことを。
「まぁ、その僕の
少年にかわいい弟と言われた人物は、なんとも言えない表情をしている。どう見ても己より年下に見える兄にかわいいとは···いや、その意味合いに出来の悪いという意味が込められていることに顔を歪めているのだろう。
「あと、僕のルティシアちゃんと馬鹿王子との婚約は白紙にしてよね。あの馬鹿王子の所為でルティシアちゃんが王子に会いたくないって取り乱しているんだよ。
その馬鹿王子は今はどうしているわけ?もしかして、噂の男爵令嬢と仲良くしているってことはないよね」
「それはない」
兄であるスマラグドィス公爵に頭を下げていた国王はなんとか威厳というものをかき集めて、否定の言葉を口にする。
「モーベルシュタインとその側近はこの隣の部屋に控えさせている。コラソン男爵令嬢は牢に閉じ込めてある」
「じゃ、馬鹿王子と側近候補をここに呼んで、それから、件の男爵令嬢も」
スマラグドィス公爵がそう言葉にすると同時に、会議室の正面の扉ではなく、部屋の奥の隅にあった小さな扉が開いた。おそらく使用人が使用する控えの部屋に繋がる扉だ。
そこから、出てきたのは近衛騎士数名に囲まれた5人の少年たちだ。そのうちの一人が金髪碧眼で、国王と容姿が似ていることから、この少年がバカおう···いや、王太子なのだろう。その側近候補というのは他の4人の少年たちを示しているのだろう。
その5人の少年たちは一様に顔を下に向け、大人たちの視線から目を合わすことを避けていた。きっと自分たちがしでかしたことを後悔し、反省していることだろう。
「父上!これはどういうことですか!なぜ、私達がこのような扱いを受けなければならないのです!」
いや、金髪碧眼の王太子は反省などしておらず。自分のこの扱いに不服だと顔を背けていただけだった。
その姿を見てスマラグドィス公爵は『馬鹿王子につける薬ってどこかにないかなぁ』と、呆れたように言っており、その隣に座っているザッフィーロ公爵とその背後に立っている息子のレーヴェは視線だけで射殺さんばかりに5人を睨んでいた。
その向かい側に座っている2人の人物は『怖い怖い』と口に出しながら、事の成り行きを見守る立場を崩していない。なぜなら、目の前の人物たちは国王の実兄であり、その従兄弟なのだ。少年たちは怒らせてはならない、この国の重鎮2人を怒らせてしまった。
「それは君が何も周りを見ていなくて馬鹿だからだよー」
スマラグドィス公爵は肩をすくめて、何もかもお前達の考えの無さが招いたことだと、バカでもわかるように言葉にしたつもりだった。しかし、王太子はスマラグドィス公爵の言葉に顔を真っ赤にして怒りだす。
「私が馬鹿だと!私はこの国の王太子だ!その私を馬鹿扱いするなど言語道断!この場で切り捨ててやる!」
王太子は帯剣などしていないのに、スマラグドィス公爵を切り捨てると断言した。それには父親である国王も顔色を青くさせる。
「お前たち!やれ!あの口の悪い、くそガキを切れ!」
王太子は自分たちを囲んでいる近衛騎士たちに命令した。しかし、近衛騎士たちは動かない。それはそうだろう。この場には自分たちの直属の上司がいるのだ。王の背後に控えているのは、近衛騎士団長である剛剣のアルマースと言われる王の盾であり剣となる人物なのだ。それに加え、先程からビシビシと殺気を投げかけているザッフィーロ公爵の背後に立っているザッフィーロ近衛騎士副隊長もいるのだ。
そして、一番大事なことは自分たちの主は王であり、王太子ではない。
「ダヴィエーリいけ!」
王太子は近衛騎士が動かないことに苛立ちをあらわにし、側にいた明るい茶色の髪に同じような榛色の目を持った少年に命令をした。
命令された少年は首を横に振る。自分の剣など早々に奪い取られ、今は縄で後ろ手に縛られているのだ。罪人扱いされている状況でそのような命令など実行できるはずもない。いや、これ以上罪を重ねたくないという現れか、ダヴィエーリと呼ばれた少年は王太子から一歩足を遠ざける。しかし、後ろから動くなと腕を掴まれてしまった。
その言葉にレーヴェが動いた。
「君か、ヴィネが言っていた駄犬くんは」
流石、兄である。妹が説明をしていた駄犬という言葉をダヴィエーリ伯爵令息であると認識していた。
カツカツと足音を立ててダヴィエーリ伯爵令息に近づいていくレーヴェ。
「ザッフィーロ近衛騎士副隊長。私刑は許されぬぞ」
しかし、レーヴェの行動を止める人物がいた。王の背後に控えていた白髪の巨漢の男だ。この人物がいるだけで部屋が少し小さく思えてしまうほど、圧迫感がある。
「アルマース近衛騎士隊長。一発殴るぐらい許してもらえませんか?」
レーヴェは白髪の巨漢の男に殴る許可を申し出るが
「駄目だ。貴殿がその行動に出れば、娘のイザヴェラに貴殿が暴力的な人物だと告げ口するぞ」
ん?巨漢の近衛騎士隊長からおかしな言葉が出てきた。普通は私刑をすれば何かしらの罰が下ると言うべきところだ。
しかし、レーヴェはその言葉に戸惑いを見せた。
そう、近衛騎士隊長の名はアルマース。アルマース伯爵だ。その娘といえば、ヴィネーラエリスが言っていた兄の婚約者であり、ストーカー行為をされていた人物のアルマース伯爵令嬢その人である。
それは、レーヴェの行動を引き止める言葉になることだろう。しかし、レーヴェは首を横に振る。
「イザヴェラなら、理解してくれます。我が事のように、この者の行動に怒っていましたから。『何も罪もない令嬢を罪人扱いをして、美しい髪を切り落とす行為など、貴族の娘からすれば死ねと言っていること』だと、それは大変怒っていました。
ですから、イザヴェラも賛同してくれることでしょう。それに、この者の所為でヴィネが逃げるように王都を去ってしまいました」
「え!ヴィネーラエリスちゃん、王都にいないの!じゃ、領地に戻ったってこと?」
レーヴェの言葉に反応したのはスマラグドィス公爵だった。そして、ザッフィーロ公爵が口を開いた。
「いや、おそらくこの国を出ていくつもりだろう。この国では髪の短い女性は罪人の証だ。アルマース伯爵令嬢の言葉のように、この国にいては生きにくいと思ったのだろうな」
「妹は行動力がありますので」
ザッフィーロ公爵の言葉を補足するようにレーヴェが言う。この現状にアルマース近衛騎士隊長も唸り声をあげた。まさか、今日の昼間に起きた出来事で、もう王都を立ったとは行動力があるというレベルの話ではない。まさに逃げるように立ち去ったというべき行動だ。
「ザッフィーロ近衛騎士副隊長。一発だけ殴ることを許す。決して殺すことはないように」
そう言葉を口にしたのは近衛騎士隊長ではなく、国王だった。国王から許可が出たことで、ダヴィエーリ伯爵令息の腕をつかんでいた近衛騎士が手を離す。
いや、手を離すだけでなく、令息たちを囲っていた近衛騎士たちが王太子と他の令息たちを連れて、大幅に距離を取ったのだ。まるで、その近くにいること自体が危険だと言わんばかりの行動だ。
あまりにもの迅速な行動にダヴィエーリ伯爵令息は戸惑いを見せる。そして、目の前には近衛騎士の間で敵も味方にも容赦がないと噂高いザッフィーロ近衛騎士副隊長がいる。そのザッフィーロ近衛騎士副隊長が右手に拳を作ったかと思った瞬間、ダヴィエーリ伯爵令息は意識を失った。
いや、正確には殺気に当てられ意識を失った。その崩れる体にザッフィーロ近衛騎士副隊長はみぞおちに拳を振るう。
それは人を殴った音ではなく壁でも殴ったかのような音を立て、くの字に曲がりながらダヴィエーリ伯爵令息は国旗が掲げられた下の壁にめり込んでいった。
「ザッフィーロ近衛騎士副隊長!陛下は殺すなとおっしゃっただろう!」
アルマース近衛騎士隊長はあまりにもの攻撃にダヴィエーリ伯爵令息は生きていないと判断したようだ。しかし、レーヴェは息を長く吐き出し、姿勢を正して、国王とアルマース近衛騎士隊長の方を向いて一礼をする。
「骨が折れたぐらいで、命に別状はありません」
いや、壁にめり込んだ姿を見ても骨が折れただけには見えない。
「かなり手加減しましたので」
そう言って顔を上げたレーヴェは不服そうだった。本当に手加減をしたのだろう。
その時この会議室に駆け込んで来る者がいた。
「お取り込み中、申し訳ございません」
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