第9話✦それぞれの未来4(人の意を操る悪魔)

(カンファレンスホールにて2)

 普通なら、入室許可を伺うべきなのだろうが、その者は慌てており、取るべき許可を取らずに会議室に入ってきた。会議室に入って来た者は近衛の隊服を着た女性であり、普通なら女性の王族の警護につく者だ。


「呼び立てるように命令されましたコラソン男爵令嬢の姿が牢の中に見当たらず、見張りの者も殺されておりました」


「脱走したか」


 女性の言葉に近衛騎士隊長はコラソン男爵令嬢が逃げたと判断したようだ。


「いいえ、それが、なんと言いますか···」


 近衛騎士の女性は戸惑うように言葉を濁している。


「はっきりと言い給え。君には報告義務がある」


 近衛騎士隊長は女性騎士の態度を叱咤し、きちんと報告するように注意する。


「はっ!牢の鍵は外から掛けられたままであり、中から壊された様子はありませんでした。しかし、部屋の中には血溜まりとコラソン男爵令嬢の物と思われる目が残されているのみで、現状的にはコラソン男爵令嬢は死んだとしか判断できません」


 その近衛騎士の女性の言葉に円卓を囲む者たちがハッとなり国王に視線を向けた。そう、その状況は王弟タルデクルム殿下が忽然と姿を消した状況と酷似していた。


「そして、確認していただきたく。その目だけをお持ちしたのですが」


 そう言って、女性は体を半分ずらした。近衛騎士の女性の後ろには、銀色のトレイを持った同じく近衛騎士の隊服を着た男性が立っていた。その人物の顔色は青色を通り越して真っ白だと言っていい。そう、男性が持っていた銀のトレイの上にはピンクの瞳の眼球が載せられていたのだから。


 その銀のトレイに載せられた眼球にこの場にいる者たちの視線が集中する。


「陛下ー。どうされますかー?」


 この緊迫した雰囲気の中、陽気な声が会議室の中に響いた。スマラグドィス公爵だ。国王であり、弟の意見を聞こうと言うのだろう。


「その状況ではどうしようもあるまい。まずは愚息を含め、他の者達の罪を決めることにしよう」


「陛下ー。甘いねー。とても、甘い。タルデクルムも馬鹿だったけれど、陛下も馬鹿だ。考えが甘いよー」


 いくら兄だからと言っても、スマラグドィス公爵は一家臣に過ぎない。国王に対する言葉ではないだろう。これは不敬だと罰せられる言葉だ。


「貴公の意見を聞こうか」


 しかし、国王はそんなスマラグドィス公爵の言葉を咎めない。


「これは僕のルティシアちゃんが言っていたんだけどねー。人を操るモノが王族の近くにいるから気をつけるようにってヴィネーラエリスちゃんに言われたらしいよ。だから、気をつけるようにって、お守りをくれたんだって。

 それで僕なりに調べてみたんだけど、ザッフィーロ公爵家の虐殺がそれにあたるんじゃないのかなって思ったんだよ。そのあたりはどうなのかな?ザッフィーロ公爵」


「否定はしない」


「そう、肯定もしないってことかー。いいよ。別にそれで。

 でもそれだけじゃ、僕のルティシアちゃんに王族の近くは危険だって言わないよね。だってあれは16年前の事件で、ルティシアちゃんが馬鹿王子と婚約したのが7年前。全く関係性はないよね。

 だって、7年前というと直系の王族は陛下とバカ王子だけだったよね。あ、僕は外されているから含めてはいないよ」


 バカ王子と連呼された本人であるモーベルシュタイン王太子はふるふると震え、スマラグドィス公爵を睨みつけていた。しかし、睨みつけるだけで、罵倒しなかったのは、口を後ろにいる近衛騎士に塞がれて、できなかっただけだった。


「だけど、これにタルデクルムの怪死を入れたら、成立しちゃうんだよ。タルデクルムは王位に相当執着を持っていたよね。それをわかっていた陛下はアルマース伯爵を皆の反対を押し切って近衛騎士隊長にしたんだよね。いやーこの事実に行き着くまで王城の王族の血を持つ者しか入れない秘密部屋に幾度通ったことか。これほど王家の血が僕に入っていて良かったと思ったことはないよ」


 先程からの言葉から、スマラグドィス公爵は相当王族というモノを嫌っているようだ。きっと王となった弟に払う敬意など髪の一本ほどもないのかもしれない。


「『流れ星への願い』皮肉だねー。悪魔との契約の魔法。いや、魔法というと語弊があるよね。悪魔からの誘惑に負け、甘い囁きに悪魔の力をもらい受け、新たな悪魔を生み出す方法だ」


 スマラグドィス公爵の言葉を聞いて、再びピンクの瞳の眼球に視線が集まる。その視線を受けてか、眼球がドクンと脈を打つように鼓動を打った。


「ひっ!」


 銀のトレイを持っていた近衛騎士の男性が思わず銀のトレイから手を離した。トレイは床に落ちていき、載せられていた眼球がコロコロと床を転がっていく。その間に鼓動は大きくなり眼球も徐々に大きくなっているように見える。


 アルマース近衛騎士隊長は脈を打って徐々に大きくなる眼球に、剣を抜き、振り下ろすも眼球が浮き上がり剣の横をすり抜けていく。

 目に見張るほど大きくなった眼球の中から、何かが出てこようともがいているが如く、歪に形を変えながら宙に浮いている。

 そして、ピリッと皮が避けるように亀裂が走り、腕が皮を突き破るように一本出てくる。それに次いでもう片方の腕も出てきて、這い出てくるように眼球だったモノを押しのけ肩が現れた。そして、ピンクの髪が生えた頭部がズルリと出てきたのだった。

 出てきたモノの姿は少女の姿をしており、どう見ても、先程牢に閉じ込められていたコラソン男爵令嬢の姿にしか見えなかった。


 コラソン男爵令嬢と思われるモノはショッキングピンクの髪を下ろし、黒いドレスを身にまとい、黒い靴でカツンと床に降り立った。ただ、目だけがコラソン男爵令嬢とは違っていた。その目は赤く、溶岩でも流し込んだかのように瞳も白目もなく、ただ赤いモノが目としてあった。


「ここは?あの方はどこに行ったの?」


 コラソン男爵令嬢だろう存在は辺りを見渡し、先程まで自分がいた場所でないことを確認し、金髪金眼の青年を探している。


「本当にあそこから出してくれたんだぁ」


 嬉しそうに微笑んでいるが、その容姿からは気味が悪いとしか印象を抱くことができない。

 そのコラソン男爵令嬢と言っていいモノかわからない存在に声をかける人物がいた。


「ミリア!私を助けろ!」


 その声を出した人物に、こいつは何を言っているんだと不可解な者を見る視線をこの場に集っている者たちは向ける。

 モーベルシュタイン王太子だ。


「あら?モーベルさま、どうされたのですか?」


 助けるとはどういうことなのだろう。ミリアと言われた少女の姿をしたモノは首を傾げる。そして、ふと王太子の横に視線を向け、窪んだ壁を見た。


「あれ?レギオンさま?」


 ミリアが壁に視線を向けたと思えば、その姿はダヴィエーリ伯爵令息の前に立っていた。いつ移動したかわからない速さだった。


「レギオンさま。大丈夫ですか?あ、もしかして、これってできちゃったりする?」


 そんな独り言と共に右手をダヴィエーリ伯爵令息に翳すと、その瞳が開き倒れていた少年がムクリと立ち上がった。


「すごい、すごいわ!これで私は聖女よ!」


 一人聖女だと喜んでいる少女だが、ムクリと立ち上がったダヴィエーリ伯爵令息の目は虚ろだ。しかし、その力を喜んでいる人物がもう一人いた。モーベルシュタイン王太子だ。


「ミリア。すごいぞ!早く私を自由にしてくれ」


 しかし、ミリアがモーベルシュタイン王太子の言葉に答える前にミリアの前に立ちふさがる者達がいた。近衛騎士隊長と近衛騎士副隊長だった。

 異様な力を見せつけたミリアに向けて、巨漢の近衛騎士隊長が剣を振り下ろすと同時に剣を突き刺す近衛騎士副隊長。


「私の方こそ助けなさいよ!」


 命の危機を感じたミリアは叫んだ。自分の方こそ助けられるべきだと。

 ミリアのその言葉に動いた者がいた。いや、者たちだ。ミリアの側にいたダヴィエーリ伯爵令息は後ろ手に縛られていた縄を引きちぎり、ミリアの前に立った。

 それだけではなく。モーベルシュタイン王太子も3人の貴族令息たちも、三人の少年たちをを拘束していた近衛騎士たちでさえ、ミリアの前に立ち、彼らの上司である隊長と副隊長に立ちはだかったのだ。


 まずは己の部下である近衛騎士たちを一振りでなぎ倒すアルマース近衛騎士隊長。ザッフィーロ近衛騎士副隊長は後ろから攻撃を仕掛けてきた男女の近衛騎士を剣の柄で意識を刈り取った。一応部下には気をつかったのだろうか。


「くっ。モーベルさま!そこの偉そうなおじさんを人質に取りなさい」


 ミリアはモーベルシュタイン王太子に国王を人質に取るように言葉にした。近衛騎士隊長は貴族の令息に対して手加減し、意識を刈り取っていたため、反応が遅れてしまった。


「陛下!」


 ザッフィーロ近衛騎士副隊長が国王の元に向かおうとすると、その国王とモーベルシュタイン王太子の間に入り込む影がいた。


「ストーカー撃退くん発動ですわ!」


 そう言って、割り込んできた人物はモーベルシュタイン王太子に向けて、細い腕で拳を作り、顔面にパンチを繰り出していた。その攻撃を受けたモーベルシュタイン王太子は雷に直撃されたような電撃を受け、後ろにひっくり返る。受け身を取ることもなく頭から倒れたのだ。


「な···なんで!人を操る力をくれるって言ったじゃない!操れない人がいるって聞いてないわよ!レギオン!私を抱えて逃げなさい!」


 虚ろな目をしたダヴィエーリ伯爵令息はミリアを抱え、明かりとりの天井の窓ガラスを割り、そこから逃げた。どう見ても普通の人ができる動きではなく、操られているがゆえにできた動きなのだろう。


「まぁ、どうしましょう。わたくしがヴィネーラエリス様の代わりに天誅してしまいましたわ」


 床でひっくり返っているモーベルシュタイン王太子を撃退した者の言葉だ。その者は白い髪を高く結って青い空色のドレスを身にまとい、困ったという感じで新緑を思わせる若葉色の瞳を、物言わぬ王太子に向けていた。


「イザヴェラ。君が危険に身を晒すことはない」


 困ったと言っている女性に声をかけたのは、先程までは剣を振るっていたザッフィーロ近衛騎士副隊長だった。


「レーヴェグラシエ様!やっとヴィネーラエリス様作『ストーカー撃退くん』を使うことができましたわ。ヴィネーラエリス様は『お兄様を実験台にすればいい』とおっしゃっていたけれど、使わなくて正解でしたわ」


 いや、きっとレーヴェの妹は兄のストーカー対策の為に渡したものだろう。


「それにわたくしはお父様の娘ですもの。国王陛下をお守りすることは一貴族としては当たり前ですもの」


 その父親であるアルマース近衛騎士隊長は部下である近衛騎士を縄でぐるぐる巻にして、国王に頭を下げているところだった。

 部下の行いに謝罪をしているのだろう。


「それから、これをヴィネーラエリス様にお渡しをしたいと思ったのです。会場で落ちていたものを、わたくしの侍女に持って帰ってもらったものですの。これをウィッグにすればいいと思いましたの」


 そう言ってイザヴェラは木でできた箱をレーヴェに差し出して、その蓋を開けた。その中には青く輝きを放った美しい髪が収まっていた。

 イザヴェラは喜んでもらえると思っていたが、レーヴェから何も反応がないことに戸惑いの表情を浮かべる。


「あ、あの?いらないことをしてしまいましたか?」


「いや、違う。ヴィネはもう王都にはいないんだ。自ら公爵家を出ていってしまった」


「そ、そんな。このおバカさんが悪いのですわね!ヴィネーラエリス様は私の妹になるお方だったのよ!猫を拾ったと言ってケットシーをペットにしていたり、トンボを捕まえたと言って、妖精を握って連れてきたり、子犬を拾ったといって、フェンリルだったときは皆から捨ててきなさいと言われていたり、そんな楽しい毎日が過ごせると思っていましたのに!!」


 イザヴェラはそう言いながら『ストーカー撃退くん』をもう2発ほどモーベルシュタイン王太子に浴びせていた。

 しかし、残念がるポイントがおかしかった。彼女もかなりレーヴェの妹に感化されてしまっているようだ。


「すまないが、ザッフィーロ近衛騎士副隊長。娘を屋敷まで送ってもらえないだろうか」


 怒りを顕にしているイザヴェラを恍惚な表情を浮かべて見つめているレーヴェに、アルマース近衛騎士隊長がいった。その言葉にレーヴェはここにいる方々に頭を下げ、未だに怒りが収まらないイザヴェラを連れて会議室を出ていったのだった。

 因みにレーヴェが部下の2人を切り捨てなかったのは、正面の扉から騒ぎを聞きつけたイザヴェラが入って来ていたので、剣の柄を使っていたにすぎなかったのだ。



「はぁ。本当に人を操る能力があるなんてねー。この目で見て実感できたよー」


 荒れた室内を片付けるため、別の部屋に話し合いの場を変えた国王と4人の人物が疲れた顔をしていた。国王の背後では巨漢を小さく丸めて、落ち込んでいるアルマース近衛騎士隊長が立っている。


「あの、一つ聞いてもよろしいしょうか?」


 落ち込んでいるアルマース近衛騎士隊長から発言の言葉が出てきた。いつもは無口で立っているだけの人物なのにだ。


「なにー?」


 それを了承したのは国王ではなく、スマラグドィス公爵だ。


「なぜ、皆様は操られなかったのでしょうか?我らアルマース家は悪意を排除する特性がありますので、わかるのですが···」


「あ、それはザッフィーロ公爵の管轄だねー」


 スマラグドィス公爵から説明をするように促されたザッフィーロ公爵だが


「私は詳しくは知らない。全てはヴィネーラが行ったことだ。簡単に言うなれば悪意から身を守る魔道具といったところか」


 そう言って、ザッフィーロ公爵は己の息子に渡した青いペンダントと同じものをテーブルの上にコトリと置いた。


「ヴィネーラはアルマース伯爵令嬢を見て思いついたと言っていた。確か、母上の茶会で何度か会ったときに不思議な子がいたから真似をしてみたと言っていた。これは4大公爵の当主と国王陛下、それと息子に渡してある。あとはヴィネーラが個人的に渡したりしていたようだが」


「そうですか。我らの力が魔道具として皆様をお守りしたと」


「いやー。流石、ヴィネーラエリスちゃんだよねー。でさぁ。そんな【王の瞳】を持って、すごい能力を持ったヴィネーラエリスちゃんを罪人にした。馬鹿王子の処遇はどうするわけー?」


 スマラグドィス公爵は王太子の父親であり、一国の王である、己の弟に問いかける。


「廃嫡にし、西のマルガリートゥム辺境伯爵のところに預けようと考えている」


「あれ?王妃殿下の生家じゃなくていいのかな?」


「構わない。それだと、甘やかされて終わりだ。マルガリートゥム辺境伯爵のところだとそうはいかんだろう」


「まぁ、無難かなー。僕としては二度と僕のルティシアちゃんの前に現れなければいいよー。じゃ、現実的問題を話し合おうじゃないか」


 そう言って、5人は先程見せつけられた、人を操る能力を持って生まれた悪魔の少女に対してどう対策を取るか話し合うのだった。


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