第7話✦それぞれの未来2(スマラグドィス公爵×ザッフィーロ公爵)

(再び王城にて)



「今頃来たの?僕、待ちくたびれちゃったよー」


 そう言っている人物は座り心地の良さそうなソファに座り、まるでこの部屋の主かと言わんばかりに堂々とお茶を嗜んでいた。


 その堂々とした人物の容姿で一番目を引くのが燃えるような赤い髪だろう。そして、夕日のようなオレンジの瞳を部屋に入ってきた者たちに向けている。しかし、偉そうに座ってはいるが、見た目は16歳程の少年にしか見えない。


「もうさぁ。僕のルティシアちゃんが泣いちゃって、怖くて王太子に会いたくないの一点張りで、ついて行った侍女も詳しく事情を知らないままルティシアちゃんを連れて帰って来たものだからね。詳しそうな君が来るのを待っていたんだよー?」


 赤髪の少年は困ったと言わんばかりに肩をすくめる。しかし、少年と言っていい容姿ではかわいいという印象しか残らない。


「スマラグドィス公爵。貴公なら私の登城を待たなくとも、情報ならいくらでも集められるだろう?」


 空色の髪の男性は呆れたように言う。しかし、この少年が公爵とは。


「まぁまぁ、そこに座りなよ。ザッフィーロ公爵。僕たちの仲だからね遠慮することはないよー」


「スマラグドィス公爵。ここは私の執務室だ。貴公の私室ではない」


 ザッフィーロ公爵と呼ばれた男性は呆れながらスマラグドィス公爵の向かい側に腰を下ろす。そして、レーヴェと呼ばれた青年はザッフィーロ公爵の後ろに控えた。


「わかっているよー。我が国の宰相様で敵にまわすとおっかないザッフィーロ公爵の仕事部屋だっていうことぐらいねー」


 スマラグドィス公爵はにこりと笑う。部屋の隅で控えていたメイドが心の中で悶えていたが、流石一国の宰相の執務室の担当を任されている者である。表情は無表情のまま宰相であるザッフィーロ公爵のお茶の用意をしていた。


「でさぁ。僕のルティシアちゃんが、ヴィネーラエリスちゃんみたいに髪を切られて罪人扱いされるのが怖いて泣いてるんだよー。それって本当?」


「ヴィネーラが髪を切られて戻って来たのは本当だ」


「へー。じゃ、あの馬鹿王太子が僕のルティシアちゃんじゃなくて、ヴィネーラエリスちゃんを婚約者って言ったのも本当?」


「ヴィネーラからはそう聞いている」


「ふーん。よくもまぁ。家臣である僕たちを馬鹿にしてくれたものだね。ザッフィーロ公爵、そうは思わないかい?今回のことで馬鹿王太子とルティシアの婚約は解消に持っていこうと思っている。陛下には悪いが、僕は第2王子のレクトゥス殿下を支持するよ」


 スマラグドィス公爵は今現在王太子に立っているモーベルシュタイン王子から、第2王子に王位継承を移行するように進言するようだ。


「それから、これをヴィネーラエリスちゃんに返しておいて。ルティシアちゃんがもう必要ないから返して欲しいって言っていたんだよー」


 スマラグドィス公爵はニコリと笑ってザッフィーロ公爵に懐から出した小さな箱を差し出した。


 ちょうどメイドがザッフィーロ公爵に紅茶を用意してテーブルに置いた時と重なり、カチャリとティーカップとソーサーが音を立てる。『申し訳ございません』と、すぐさま部屋の隅に戻って行ったが、そのメイドは耳まで真っ赤になっていた。スマラグドィス公爵の笑顔に当てられたようだ。


 いや、メイドは『スマラグドィス公爵×ザッフィーロ公爵もいけるわ』と小声でつぶやき、彼女の世界に入っていた。しかし、彼女の取り繕った無表情の顔には変化はない。


 そんなメイドの出した紅茶を口に含みながらザッフィーロ公爵は出された箱の中身を確認せずに言う。


「それはヴィネーラがスマラグドィス公爵令嬢に贈ったものだろう?だったら、その箱の中身はスマラグドィス公爵令嬢の物だ。ヴィネーラも必要になるだろうと渡した物だろうしな」


「そうかい?」


 スマラグドィス公爵はそう言って、箱を再び懐にしまい、立ち上がった。


「じゃ、一緒に陛下の元に赴こうじゃないか」


 立ち上がったスマラグドィス公爵はザッフィーロ公爵に手を差し出す。


『ふぐっ。なんて尊い』


 というメイドの言葉を無視してザッフィーロ公爵は怪訝な表情をする。


「なぜ、貴公と共に赴かねばならない」


 それもとても嫌そうに言った。そんな言葉を受けてスマラグドィス公爵は胸を張り腰に手を当てて言い切った。


「僕が君を陛下の元に連れてくるって言ってしまったからだね」


 スマラグドィス公爵の言葉を受けて、ザッフィーロ公爵は盛大なため息を吐く。


「はあぁ。私が今晩王城に登城しなかったらどうするつもりだったのだ?」


「いいや、それはないね。君は大切な者を傷つけた存在を許すことはないと、僕はよく知っているからだよ」


 少年と言っていいスマラグドィス公爵に見下されたザッフィーロ公爵は嫌々ながらという雰囲気を醸し出しながら、立ち上がる。


「陛下をあまり待たせるわけにはいかない」


 そう言いながら、部屋を出ていくザッフィーロ公爵に続き、スマラグドィス公爵が軽快な足取りで追いかけていく。その二人の後を追うようにレーヴェもついて部屋を出ていった。一人、宰相の執務室に残されたメイドは、この国の要人を送り出すために下げていた頭を上げる。その表情は頑張って取り繕っていた無表情を崩し、恍惚な笑みを浮かべていた。


「強気の少年に翻弄されるオジサマ。そう!嫌よ嫌よも好きのうち。少年の言葉を否定しながらも結局少年に言うとおりにしてしまうオジサマ。いいわ。いいわ。萌えるわ」


 部屋に一人でいるメイドが体をくねくねしながら悶えている姿は誰の目にも留まることはなかった。

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