第11話 声をかぎりに

 どうしてこうなってしまったのだろう?

 自分で咄嗟に言い放った言葉が、コナーを追おうとしていたカミーユとレオを引き留めた。

 その時のことがまざまざと瞼の裏に甦る。


 助けてと叫ぶ美羽の声。守哉が美羽の名前を呼んでコナーたちに向かっていき、また殴り飛ばされるのが鼓膜と視界に衝撃を与えた。

 恐怖のあとに噴き上がった怒りが身体中を支配して、膨張した血管を憎悪が駆け巡る。いきなり上がった血圧に、耳の中がウォンウォンと鳴り響き、周囲の音が遮断された。

 まるでよくしなる金属を振りまわすような音。目の前が赤く染まった気がした。


 美羽の腕を掴んで、コナーが立ち去ろうとするのを、カミーユとレオが追う。

 その間にコナーに命じられたSPが立ちはだかり、行くてを阻む。カミーユとレオは強かった。訓練されたSPをものともせず、なぎ倒すのを見て、涌いた怒りが少しずつ希望に代わる。だが、二度目の美羽の悲鳴に、全ての希望が打ち砕かれた。

 ナディアが美羽の髪を掴んでナイフを突きつけ、動くなと叫んでいた。

 コナーがナディアによくやったと声をかけると、今度はカミーユとレオに向かって言った。


「この女の顔に傷をつけられたくなかったら、追ってくるな。翼の乙女を手にしたruler(ルーラー)の邪魔をすれば、お前たちが王族といえど、重い罪に問われることを忘れるな」


「バカなことを!ここは日本だ。ヴァルハラの規則は当てはまらない。お前は不法侵入と暴行罪に加え、誘拐罪で手配されるぞ」


 カミーユの言葉に、コナーがバカはお前の方だと嘲笑った。


「そんなことは始めっから分かってるさ。お前が何とかするだろうし、日本とヴァルハラは犯罪人引渡し条約を結んでいない。空港に王族専用機が待たせてあるから、ヴァルハラに入れば、こっちのものだ」


 最初から翼の乙女を見つけた場合は、誘拐をする気で逃走の準備までしていたことを知り、さすがのカミーユも自分の甘さを呪った。

 全てはナディアの入れ知恵に違いない。


 元々コナーは甘やかされたわがままな男だったが、皇太子として外遊した際、その国の高官から族長の娘のナディアを紹介されて、悪い遊びを覚えた。

 高貴な身分だという割には、裏の道に長けていて、犯罪すれすれの金儲けをコナーに持ちかけているという情報が入った。

 危ない連中とコナーが繋がるのを危惧したカミーユが、裏から手を回して契約を阻止していたのだが、運悪く異族民同士の争いが起こり、ナディアは親族や仲間ともどもコナーを頼ってヴァルハラに移り住んだのが、悪夢の始まりだ。


 大人しくしていれば、こちらも黙って彼女たちを移民として受け入れたのだが、先刻ナディアが部族の報復のために、コナーに武器を買わせようとしたことが発覚した。

 実現していれば、関係のないヴァルハラ王国を巻き込んでの戦争になったかもしれず、コナーの悪行を見て見ぬふりをしていた国王も、これ以上看過することができないと判断した。

 王位継承権順位に拘らず、自分の翼の乙女を探し出した者に王位を譲ると公言したのはそのためだ。

 それなのに、翼の乙女をコナーが手に入れてしまっては、誰もコナーの悪行を止められなくなる。カミーユ自身ばかりか、レオの身もたちどころに危うくなるだろう。

 翼の乙女を奪回する機会を練らなければ!

 カミーユは頭をフル回転させ、コナーの動向を探ろうとした。


「王子が犯罪を犯すような国を、どの国が信用する。国の未来を潰す気か。それに、お前は翼の乙女を憎んでいるはずだ。ミウを連れていってどうする気だ?妃にしたりはしないよな?」


「当たり前だ。翼の乙女にふさわしく、カゴの代わりに檻を作って、塔のてっぺんに閉じ込めてやるのがいいんじゃないか?お前の母親も一緒にどうだ?仲間がいた方がいいだろう」


「娶(めと)る気がないなら、翼の乙女の自治区にあるワルキューレパレスに置いてやればいい。お前が目障りというのなら、俺の母上にもそちらに移るように話をつける」

コナーがどうするというように、ナディアの顔色を窺うと、ナディアが鼻で笑った。


「あそこは、私たち移民が頂くわ。移民と難民の国を作るのよ。鳥人間だか、異人種だか知らないけれど、気持ちの悪いペットたちは、フィヨルドから飛び立ってもらうか、氷の動物園に押し込んでしまえばいいんだわ」


  掴みかかりたいのを我慢して、カミーユが感情を圧し殺した声で、翼の乙女の価値をナディアに説明してやった。


「言っておくが、翼の乙女たちは未成人を除いて、みんな働いて税金を収めているんだ。ペットのように衣食住を与えられているのとは違うぞ。彼女たちの多くは、非凡な才能を秘めていて、その中から、有名な文豪やアーティスト、ミュージシャン、画家などを輩出している。それに対して、移民や難民の大多数は、国民の税金で生活を保護された依存的立場にある。翼の乙女たちが国から買い取って自治区にしたワルキューレパレスを、お前たちが占領することは許されない」


 傍らに立つコナーには見えない側の顔を歪ませ、性格の悪さを顕わにしたナディアが、コナーにしなだれかかりながらしおらしく言った。


「コナー、私たちが厄介者だってことは分かっているの、でも、私たちには住む場所もろくな食べ物も無いから、あなたに縋(すが)るしか生きていく術がないのよ。なのにあなたの義弟は冷たいわ。氷の刃と言われる通り、傷ついている私たちを更に切り付けようとするんだわ」


「言っただろ?僕が国王になったらナディアたちを助けてやるって。国王になる条件が、自分の刻印を持つ翼の乙女を見つけることでなければ、翼の乙女など全員国外追放してやったのに!さぁ、ヴァルハラへ帰って父王に獲物を見せつけてやろう。あの老いぼれに、僕が次期王だと分からせてやるんだ」


 カミーユが射殺しそうそうな鋭い視線をコナーに向けている。

 傍で彼らのやり取りを聞いていた衣望里は、翼の乙女を侮辱するコナーに対して、激しい悪感情を持った。

こんな男が即位するために、美羽が利用されるなんて許せない!


 衣望里は隙を窺うが、ナディアに髪を掴まれ、喉にナイフを突きつけられた状態の美羽を救うことは不可能だった。

 絶望を浮かべた美羽が、守哉を見つめて涙をこぼす様子が哀れで、胸が締めつけられる。

 美羽は憧れに決別して、守哉と生きるこを望んだのに、今更こんなことって……

 このままヴァルハラ王国に連れていかれたら、美羽はコナーとナディアに虐げられるのは目に見えている。

もし、コナーが次期国王として認められれば、第二王子のカミーユでさえ、手が出せなくなるだろう。

 逃走ルートを用意しているコナーたちを捕まえるのは困難だと知りながら、去っていく彼らを追おうとして、走り出したカミーユとレオの背中に向かって、衣望里は思わず叫んでいた。


「私に触れて!」


 二人の足がもつれるように動きを止める。ぎこちなく振り返る顔に、驚愕と訝しむ表情が相次いで表れた。


「ソウルスタンプが出るかどうかは分からないけど、美羽を助けたいの」

 衣望里は必死で、カミーユとレオに訴えていた。


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