第9話 カミーユの焦燥
応接間に通されてから、かれこれ十分ほど経つだろうか。カミーユは表にこそ出さないものの、内心かなり苛立っていた。
目の前の老獪なご婦人は、どんな説明をしても、のらりくらりとかわして、耳を貸す気はないようにみえる。
翼の乙女らしき女性が大浴場を使っていたことから、泊まりの客である可能性も考えたが、彼女の羽織っていた浴衣は、その後見かけた女性客たちの浴衣とは、色も柄も違っていることが分かった。
非常階段を上ってきた若女将も、女性が溺れているかもしれないと連絡したのにも関わらず、それには一切触れず、翼の乙女らしき女性を追おうとした自分の目の前に立ちふさがって、一歩も譲らなかった。
チェックインした時に記した住所を見た後の態度から、旅館の関係者が翼の乙女を知っているのだろうと推測したが、正しいと確信し、翼の乙女を逃がされる前に、先手を打つつもりで訪ねてきた。
庭を散歩しているとき、この家の二階から視線を感じたが、カーテンを閉めたのが翼の乙女だったのだろうか?
エレベーターのドアが閉まる直前に、小鹿のように怯えて、大きな濡れた瞳で見つめた姿が目に焼き付いている。
アップにした髪が、溺れたためにほつれて、小さく頼りなげな顔を縁取っていた。不安に満ちた表情に手を伸ばして、大丈夫だと言ってやりたい気持ちに駆られ、行くてをふさぐ若女将にも、大事な女性を追っていると自分らしくない発言をしてしまった。
それくらい感動して、動揺して、取り乱した。
美しい翼の乙女を自分のものにできるなら、今ならどんなことでもするだろう。
はやる気持ちを抑えようと、視線を落とした時、隣のドアの下から白くて長い尾羽が足元に伸びてきた。
隣に座るレオに目で合図を送る。一瞬目を見張ったレオは、すぐさま表情を消し、翼の乙女がヴァルハラ王国にとって、どれだけ大切な存在かという話の続きを、カミーユに代って女性たちに説明し始めた。
白い尾羽は、まるでマーキングをするように、カミーユの足元にじゃれついてくる。
堪らない気持ちが湧きあがった。
会いたい。翼の乙女を間直に見たい!
欲望が膨れ上がり、カミーユは何の駆け引きも思い浮かばないまま、年長の女性に向かって率直に言った。
「翼の乙女に会わせてもらえないだろうか?彼女の許可をもらうまで、触れないと誓う」
ビクリと羽が震えた。自分の言葉を聞いているのが分かり、カミーユは隣の部屋を意識する。
「カミーユ殿下、申し訳ありませんが、お探しの娘はここにはおりません」
シレっと言い放つ老婦人に腹が立ったが、考えも無しに、簡単に断られるような問いかけをした自分が悪い。どうでるか面白がっているような相手の表情は、自分の力量を計っているようにも感じられる。
ふと、視界に映った羽が動きを止めたのに気が付いた。犬の尻尾のように揺れていた羽が、尻尾を巻くようにするするとドアの方へ縮んでいく。
行くな!待て!
離れていく気配に、カミーユは思わず席を立って後を追う。
なぜだか分からないが、今を逃したら二度と翼の乙女が手に入らない予感に襲われ、気が急いた。
「待ちなさい!」
老婦人が叫ぶのも構わず、取手に手をかけ、思いっきりドアを開けていた。
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