第3話 協力者

 衣望里と美羽は松林の中を駆け出した。

 二人の外国人男性とは距離があるうえに、パッと見だったので、衣望里の目には彼らの顔をはっきりと捉えることはできなかった。

 けれど、一つだけ印象に残ったのは、太陽の光に反射して、キラキラと輝いていた二人の髪の色だ。一人は金髪、もう一人は……?


 長身の男たちは、身体を鍛えているのか、砂浜に足を取られることもなく、長い脚を大きく前に出し、ザクザクと砂を踏みしめながら、こちらに向かって歩いていた。

 ただの外国人観光客の可能性もあるが、衣望里の中にざわめく気流が生まれ、彼らが普通の男性ではないことを告げている。


 ふと、今立ち止まったら、どんなことが起きるのだろうという強い好奇心が湧いて、衣望里は臆病な自分らしくもない気持ちに戸惑った。

 これも、支配者の影響だろうか?他人のことなら、今すぐ引き返して彼らと話してみてよと言いたいところだが、自分自身で試すには、まだ覚悟ができていない。


 そこで衣望里は、はたと気が付き、愕然とした。

 まだ?……まだ覚悟ができていないってどういうこと?それは応える余地があるということ?

 自問してみるが、考えるのも恐ろしく、即座にあり得ないと否定した。

 安全かどうかも分からないのに、絶対に捕まるわけにはいかない!

 後ろが気になって確認すると、視界が開けた海岸を歩く二人はかなり目立っているが、衣望里たちのいる場所は松林に紛れているため、彼らはまだ衣望里たちに気づいていないようだ。


「早く!早く!」


 衣望里と美羽はお互いに声を掛け合いながら、肺に痛みを覚えるほどの全力で走り、海岸から十分ほどのところにあるスーパーの裏口の階段を上り、美羽のボーイフレンドの部屋に転がり込んだ。

 ノックも無しにドアを勢いよく開けて、いきなり二人が飛び込んだとき、部屋の主は驚いて、椅子からパッと立ち上がって身構えたものの、誰か分かった途端に脱力した様子を見せた。

 ゼーゼー、ハァハァ吐息を切らして、フローリングにへたりこんだ美羽たちに呆れ顔を向けている。


「何やってんだ美羽?友達と二人で競争でもしていたのか?」

「も、も、守哉、で、ででで出た!」

「何が?」

「ひ、人さらい」


 衣望里が美羽の腕をパシッと叩き、支配者でしょと訂正する。

 言ってしまってから、他人に秘密を打ち明けていいのか不安になり、衣望里は慌てて口を押えた。

 上目遣いに窺うと、守哉は美羽の言い間違いを笑いもしないで真剣な顔になり、床にへたりこんだ美羽の傍にひざまずいて、本物かと訊いた。


「分からないけれど、直感でヤバいと思った。それで、衣望里と一緒に逃げてきたの」


「えみりさん?ああ、彼女がもう一人の翼の乙女だね。初めまして、斎藤守(もり)哉(や)です。美羽とは父方の親戚関係にあります」


 衣望里は、美羽だけではなく、自分の正体まで守哉に知られてしまっていることに驚いたが、一応初めましてとだけ挨拶を返した。

 秘密と言いながら、ひょっとしてこの辺に住んでいる人たちは全員知っているのではないだろうかという疑問が湧く。

 それとも、親戚中が結託して臆病な私をからかって反応を楽しみ、あとで冗談でしたと種明かしをするつもりでいるとか…と考えて、いや、それはないとすぐに打ち消す。

 さっき浜辺であの二人を見た時に感じた衝撃と、身体中に沸き起こった細かい気泡が弾けるような得体のしれないざわめきは、冗談では説明がつかない。

 ムスッとした表情で考え込んでしまった衣望里の心中を察して、美羽が話しかけた。


「あのね、衣望里は聞いたと思うけど、翼の乙女の資格は、女性だけに遺伝して、羽や衣が見えるのも一族の女性だけなのよ。羽衣が見えない男性に見えると言っても、頭を疑われるだけだから、親族を始め親類関係の男性には、翼の乙女の存在は知らされていないの。その……守哉は特別なのよ」


「恋人だから?疑うわけじゃないけれど、もしかして斎藤さんから誰かに漏れて、その人がSNSで流す危険は考えなかったの?」


 美羽を責めたくはないけれど、三保の松原が世界遺産に登録された途端、現に支配者らしき人物がやってきたのをこの目で見てしまったのだ。衣望里は黙っていられなかった。

 支配者たちは伝説を聞きつけてやってきただけで、本当に翼の乙女がいるのかどうかを、今はまだ知らないのかもしれない。

 もし、知人から漏れた小さな噂が拡散して、支配者たちの耳に入れば、限られた地区の噂の出所は容易に突き止められる可能性が高い。

 今回は逃れられたとしても、翼の乙女という固有名詞が世に出てしまったら、今後は追われるはめになるだろう。


「二人が、か、関係しちゃって、お、乙女の資格が消えるなら、わざわざ秘密を明かす必要は無かったんじゃないの?」


 恋人たちを目の前にして、関係なんて言葉はリアルすぎるし、しかも乙女の資格って文字通り過ぎて口に出すのも恥ずかしい。衣望里は真っ赤になりながら、しどろもどろに話すうちに、重大なことに気が付いた。


「そういえば、美羽はどうして一緒に逃げたの?おばあちゃんが、翼の乙女は私だけって言ったけれど、ひょっとして?」


「あ~、それね……」


 美羽と守哉が顔を見合わせてから、気まずそうに視線を逸らした。


「えっ?まさかまだ……」


 余計なことを聞いてしまったようで、衣望里は居たたまれなくなり、左右に瞳を揺らしながら俯いた。

 でも確か祖母は、翼の乙女の証拠が消えたと言っていたはずだ。

 二人に真実を聞こうと決心して、衣望里が再び顔をあげた時、ちょうど守哉が立ち上がり、衣望里たちがまだ靴も脱がずに座り込んでいるたたきに下りて靴を履いた。


「海岸を見てくるよ。衣望里さん、あまり美羽を責めないでやって。美羽は中学校の時に知ってから、自分の運命とどう向き合ったらいいのか分からずに、あちこち頭をぶつけているんだよ。君たちは仲間だ。気持ちを分かり合えて、助け合えるはずだからね」


 守哉がドアを開いて、スーパーの裏口に下りる鉄製の外階段に足を踏み出す。美羽が立ち上がって後を追おうとするのを、守哉が止めた。


「運命を受け入れる気持ちが無いなのら、見つからないようにしないと。もし、今度こそ本当に、自分の意志で生きる決心が固まったら言ってくれ。僕はいつでも協力するつもりだ」


 ドアが閉められ、金属の階段特有のカンカンという音が、建物に反響して遠ざかっていった。



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