第4話 眠りに就く前に妄想したいのです




 寝具の環境が整って無事に寝床に着いたら、次は妄想を繰り広げて入眠へと誘う。


 私のよく行う妄想は、大きく二つに分けられる。

 ひとつは、ギターの演奏だ。

 私が妄想のモデルにするギタープレイヤーは、英国のバンド、ダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーと日本のフュージョンバンド、カシオペアの野呂一生のどちらかである。

 20代後半から30代に掛けて、寝床に着いたら、ヘッドフォンを掛けて、ダイアー・ストレイツの曲なら「悲しきサルタン」を、カシオペアなら「スペース・ロード」を大音量で掛けながら、さぞ、自分がギターを演奏しているかのような妄想を繰り広げたものだ。音漏れするくらいの大音量でありながら曲の途中で寝入ることも珍しくないからこの妄想は入眠に十分だった。


 もうひとつの妄想は、スポーツものだ。

 これは、20代からずっと続いて、現在も時々行っている。


 それが、野球であれば、私はピッチャーになって、球速180kmオーバーのストレートをすまし顔で投げる。もちろん、バッターはかすりもしない。頭の中では、もう、何百回も完全試合を成し遂げている。

 バッターになることもある。バッターであれば、代打専門だ。8回とか9回の勝負所で代打を告げられ、その試合の勝負を決めるホームランを打つ。打率は、もちろん、10割だ。打者としてアウトになる経験が無いので、いかに、プロ野球と言えども、そのうち、ピッチャーは私と勝負しなくなって敬遠をするようになる。それを防ぐために、味方チームは私の打席前までに満塁になるように頑張る。同点で満塁なら、最悪、私を敬遠させても1点を勝ち越せる。だから、相手ピッチャーは私と勝負せざるを得ず、そして、満塁ホームランを浴びる羽目になる。

 が、しかし、なかなかそうは問屋が卸さないものだ。満塁にするおぜん立てがいつもできるわけではない。そんなときは、遭えなく、私は出場機会を逸することになる。観客もそんな私のプレイを観れずにがっかりして帰る。したがって、凄すぎるピッチャーは苦労しないが、凄すぎるバッターというのはなかなか不遇なものがある、と思う。


 それが、サッカーであるなら、「キャプテン翼」ほどじゃない、あり得るスーパープレイでゴールを決める。派手なボレーシュートやオーバーヘッドはあまり好みではない。敵がひしめくペナルティエリア内で細かいパスやドリブルで抜いてからシュート、が私の好みだ。

 そして、ゴールした後は、チームメイトの祝福をはねのけながら両手を広げてコーナーポストに走ってなんかいかない。ガッツポーズもしない。次の相手のキックオフに備えて自分のポジションに戻ろうとするか、アシストしてくれたチームメイトに握手を求めに行く。サッカーは自分一人で行うスポーツではないからだ。


 それが、テニスであれば、私は、おそろしく退屈なゲーム展開に持ち込む。相手からどんなに驚異的なスピードボールを打ち込まれようが、そのボールを返す。しかも、相手の居るポジションに速くないボールを返す。相手が、どんなに厳しいコースのボールを打ち込んできても、私はそのボールを返す。相手の居るポジションに返す。要するに、私は相手から滅多打ちにあっても、それをすべてインボールで返すのだ。そうして、相手が打ち負けてミスしたときにだけ点を取る。

 試合の最初は、見応えがあるだろうが、そのうち、観客からみて退屈な試合になるのは必至だ。そして、私と対戦することに決まった相手は、試合が始まる前にすでに意気消沈していることだろう。なにせ、どんなに疲弊しても1点も取れないからだ。スコアは、もちろん、6-0、6-0、6-0で、相手には1点も入らない。試合時間は、毎回、5時間を超える。観客の身になるなら、せめて、私のサービスゲームの時のサーブを球速300kmオーバーで打ってエースとし、試合時間が長くなり過ぎないようにしてあげるのも手だ。

 観客は、(いつか私がミスして相手に1点を与える日が来るのではないか…)それだけのために会場に足を運ぶようになるだろう。したがって、私の試合ではオールアウェイとなる。観客は、私の対戦相手の1球1球のストロークの度に掛け声を出して応援をする。しかし、それは全部はねのけられて、最後は、私に称賛の拍手を送ることになる。




 さあ、ここまでくれば、あとは、深い眠りに入るだけだ。





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