【第六章】2. 死に神

「お前には関係ない子供なんじゃないのか」


 そうだけど……気になるから、とあかりが答えると、死に神は、律儀にも教えてくれた。


「俺たち死に神の鎌は、幽霊たちの心残りってやつをぶった切る。

 それでおしまいさ。

 この世に未練を失くした魂は、自然の摂理に沿って天界へと昇って行く。

 よっぽどの方向音痴じゃない限り、迷うことはない。

 お前の知り合いかもしれないこいつも、今頃は、天界で記憶を消されて、新しい命に生まれ変わる準備をしてるところだろうな」


 あかりは、空を見上げた。まだ雨は降り続いていて、月もなければ、星もない。真っ暗な空間が口を開けて、あかりを飲み込もうとしているようだ。

 天界という場所がどこにあるのかは分からないが、もっと明るくて綺麗な場所だといいな、と思った。


「死に神さんは、どうして魂を狩るの?

 みんな何も悪いことしてないのに」


「悪いも良いもない。それが自然の摂理ってやつだ。

 そうじゃなきゃ、新しい命が生まれなくなるからな。

 俺たち死に神は、この世とあの世の均衡を保つという使命を持っている」


 少し難しかったか、と死に神が鼻を鳴らした。

 あかりには、死に神の言っていることが難しすぎてよくわからない。


『ただ、どうしても死ぬに死にきれないっていう想いだけはある。

 このままあの世へ行って、別の誰かに生まれ変わるなんて、まっぴら御免だね。

 あたいは、あたいなんだ。他の誰でもない。

 それは、お嬢ちゃんも一緒だろう』


 神社でそう話していたベニの悔しそうな顔が目に浮かぶ。


『生まれ変わるっていうのはね、自分が自分じゃなくなるってことなんだ。

 今まで生きて来た自分の記憶も、大事なものも、思い出も、全部ぜんぶ忘れちまう。

 そんなのって、あんまりじゃないか。全く許せないね。

 あたいが生きてきた時間は一体何だったんだ』


 ベニの言うように、生きて来た記憶が全てなくなってしまう、というのは、悲しすぎる。あかりも、お母さんや、ここで会ったみんなとの記憶が消えてしまうのは嫌だし、逆に、お母さんやみんなに、あかりのことを忘れて欲しくないと思った。


『だから、あたいらは、ここで抗っているのさ。神様や自然の輪廻ってやつにね』


 そう言ったベニの顔や、ベニを見る他の〈幽生団〉の皆の表情は、強く誇らしげだった。


『私はね、ここである人を待っていたの。ずっと』


 あかりを逃がしてくれた、優しい女将さん。

 会いたい人に会えない辛い気持ちは、あかりにもよくわかる。


『わからないんだ。何も覚えていない。

 ただ、どうしても見つけなきゃいけないものがあったような気がして……』


 あかりのことを傍でずっと見守っていてくれた、顔は怖いけど、優しいおじさん。

大切な人や思い出をなくしてしまうのは、どれだけ辛いだろう。この横丁で会った幽霊たちは皆、心になくしたくない大事なものを持って生きている。


『なんでもよく、相手の話を聞いてあげること。

 理解できなくてもいい。それが仲良くなる秘訣よ』


 ふと母がよくあかりに言っていた言葉を思い出した。話も聞かず、一方的に鎌を振って心残りを消してしまうというのは、違う気がする。

 それは今、あかりの目の前にいる死に神にも言えることのような気がした。


「死に神さんは、どうして死に神さんになりたかったの?」


 想像もしてなかったあかりからの問いかけに、死に神は、面食らったようだった。

 しばらく首を傾げて考えている様子だったが、やがて溜め息交じりに口を開いた。


「……俺は、生まれながらに死に神なんだ。それまでの記憶なんてない。

 お前ら生きている人間たちが宇宙飛行士や看護師になりたいと思ってなるようなもんじゃないんだよ。

 なりたいとか、なりたくないとか、そんなことは考えたこともないね」


 あかりは、納得したような顔で死に神を見た。


「そっか。だから、みんなのこと、話も聞かずに魂を狩るのね。

 あのね、みんな死んでるけど、心は生きてるの。

 幽霊には、幽霊の礼儀っていうのがあるんだって。

 どうして死んだのか、とか聞いてあげると喜ぶのよ」


 だから魂を狩るなら、話を聞いてからにしてあげてね、とあかりが言うと、死に神は、少し間をおいて答えた。


「…………お前、変なやつだな」


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