【第五章】2. 約束
おじさんの瞳がかすかに揺れた。
そっと目を閉じて、自分を諭すように話す。
「わからないんだ。何も覚えていない。
ただ、どうしても見つけなきゃいけないものがあったような気がして……」
それ以上は言葉にならなかった。
あかりが尋ねるよりも先に、狐の子が話に割って入ってきた。
「ねぇ、そんなつまんない話よりもさ、もっと僕と一緒に遊ぼうよ。
僕、こんなに楽しい夜は、生まれて初めてだよ。
……といっても、生きてる時のことは覚えてないから、死んでから初めて、かな。
もっとずっと君と一緒にいたいな」
ぴょんぴょんと飛び回る狐の子を見て、あかりは、なんだかそれも良いような気がしてきた。
「そうだよ、君もずっとここにいればいいんだ。ここにいて、僕と遊べばいい。
お母さんだって、ここにいれば、いつか見つかるかもしれないじゃないか」
狐の子は、それが素晴らしいことであるかのように語った。
周りでそれを聞いていた幽霊たちのほとんども、同じように頷いている。
正直、あかりも、ここにいるのは楽しい。幼いながらにも、自分が他の人たちとは違うことに気付いている。
でも、ここにいる皆は、こんな自分を受け入れてくれる。あかりにとって、ここはとても居心地が良い場所でもあった。
あかりは、おじさんの顔を見た。いつしか、こうやって大人の顔色を伺う子供になっていた。
おじさんは、じっとあかりを見つめ返すと、ゆっくりと首を横に振った。
「それは、いけない。
君のお父さんとおばあさんが君を心配して、きっと捜している。
ここにずっといるということは、お父さんにもう会えなくなるということだ」
あかりの脳裏に、父親と祖母の顔が浮かんだ。
「お父さん……おばあちゃん……」
お母さんのことも大好きだけれど、お父さんとおばあちゃんのこともあかりは大好きなのだ。二人に会えなくなるのは、あかりも嫌だ。
「なんだよ、君のこと嘘つきよばわりするやつらなんか、放っておけよ」
怒って両手をばたばたさせる狐の子に、あかりはそっと近づいた。
「ねぇ、あなたのお父さんは、どんな人だった?」
あかりの問いに、狐の子は、虚を突かれたように戸惑いの声を上げた。
「ぼ、ぼくのお父さん……お父さんは…………そう、君のお父さんみたいな人じゃないよ。
うん、きっとそう。とても優しくて、いつも僕と遊んでくれた」
狐の子は、まるで自分に言い聞かせるように言った。
「いいなぁ。私のお父さんは、いつも仕事仕事って、遊んでくれないの」
それでも、とあかりが狐の子に笑いかける。
「約束したから」
そう言って、あかりは、おじさんと目を合わせた。
ここへ来る時、はじめにおじさんとした約束をあかりは忘れていない。
今晩だけ、今晩だけお母さんを捜して見つからなかったら、その時は、ちゃんとお家へ帰る、と。
おじさんがあかりの気持ちを悟ったように、頷いた。
「でも、嬉しかった。ありがとう」
あかりは、もう一度狐の子に笑顔を見せると、今度はくるりと向きを変えて、改めて女将に向き直った。
「女将さん、あたしのお母さん、知らない?」
今度は、ためらわずに聞くことができた。
女将さんは、ふぅっと溜め息をつくと、申し訳なさそうな顔で答えてくれた。
「ごめんなさいね。
私も自分で覚えていられないほど長いことここにいるけれど、お嬢さんのお母さんに会ったことはないわ」
これまで何度も同じ質問をして、何度も返ってきた答えと同じだ。それならば、とあかりは息を吸った。
「どうやったら、死に神さんに会えるかしら」
周囲で様子を伺っていた幽霊たちがひっと竦み上がる声が聞こえた。
それでも女将さんは、あかりの質問を予想していたかのように驚かなかった。
「だって、その死に神さんに会えば、お母さんを連れてきてもらえるかもしれない。
それに、その泣き女さんだって、また生きることができるのよ」
これだけ捜してもお母さんは見つからないということは、きっとそういうことなのだ。きっと死に神ならお母さんの行方を知っている、あかりはそう確信していた。
「悪い事は言わないから、おやめなさい。
生きている者でも、やつらに会ったら魂を狩られちまうよ!」
狐目の女が横から声を上げた。
皆、あかりが生きている女の子だとわかった上で、同じように心配してくれているのだ。そのことがあかりを勇気づけてくれた。
「でも、私、お母さんを捜さなきゃ」
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