【第三章】4. 協力者たち

「ごめんね。あなたと一緒に遊んであげたいけど、あたし、お母さんを捜さなきゃ。

 それに、家に帰るって、おじさんと約束したから」


 あかりがおじさんを見る。おじさんは、優しく笑いながら頷いてくれた。


「ベニさん、お願い。今晩だけ、ここでお母さんを捜すことを許して。

 それでも見つからなかったら、お家へ帰るから」


 懇願するように自分を見上げる幼く純真な目に、ベニが苦々し気な表情を浮かべる。

 もう覚えていないけれど、生前どこかでこんな目を見ていた気がして胸がもやもやする。


「だがなぁ、お前みたいな生きている人間は、幽霊にとっちゃ羨ましい、妬ましい存在でしかないんだ。

 さっきみたいな怖い目にはもう遭いたくないだろう」


 すると、意外なことに狐の子があかりの味方をした。


「ぼくも一緒に、この子のお母さんを捜すよ。

 何かあったら、ベニに知らせに走る。ぼく、足は速いんだ」


 そう言って、狐の子が自分の足を見た。

しかし、そこにある筈の足がないことに気が付くと、飛んで行くよ、と言い直す。


「私からも頼みます。今度は、決して彼女から目を離さない」


 二人を順番に眺めたベニの表情には、イタズラ小僧に中年のおっさん……実に頼りない、という気持ちがありありと現れている。


「あたいも暇じゃあないんでね。あんたらとずっと付き添ってるわけにはいかない。

 何かあった時に、責任は持てんぞ」


 じろりと確認するように厳しい目を向けるベニに、三人は、大きく頷いてみせた。

 それを見て、ベニが諦めたように大きく肩をおとす。


「ま、知らなかったとは言え、お嬢ちゃんをここへ連れて来ちまった責任が少しもない……とは言えない。

 何か困ったことがあれば、あたいの仲間を頼るといい。

 合言葉は、『愛と勇気』だ」


 片目でウィンクして見せると、ベニは、傍で待っていた手下たちを連れて、戻って行った。

どうやら行方不明になったあかりを探すために人手を集めてきてくれていたようだ。

 見た目は一見恐そうに見えたが、悪い人たちではないとわかり、あかりは胸を撫でおろした。


「よーっし、それじゃあ、何して遊ぶ?

 ……じゃない、どこから捜す?

 なんだか宝探しみたいでわくわくするな」


 狐の子が嬉しそうにぴょんぴょん跳ね回る。

 その様子とは真逆に、おじさんは難しそうな顔で唸った。


「幽霊横丁は、幽霊たちの思念によって作られた場所なんだ。

 だから、昨日はなかった道が、今日突然現れることもあれば、

 さっきまであった道が、突然消えてなくなってしまうこともある。

 常に姿を変えながら、住人が増える度に広がっていく。

 だから、今晩だけで全部を見て回ることは無理だろう」


 何か効率よく捜す方法はないものか、とおじさんが考えていると、狐の子が名案を思い付いたというふうに明るい声を上げた。


「あの櫓の上から捜すってのは、どう?

 大声で呼び掛けたら、きっとすぐに見つかるよ」


 狐の子は、櫓の上を指さした。

そこには、大太鼓が置かれ、頭に鉢巻を巻いて法被を着た人が撥を手に音頭をとっている。

そのすぐ隣では、笛吹きが軽やかで楽し気な音楽を奏でていて、それらの音は、風に乗って幽霊横丁の隅々にまで聞こえているようだった。


 確かに、櫓から見下ろせば、ここの境内を見渡すこともできそうだ。

 しかし、おじさんは、とんでもない、とでも言うように顔をしかめて首を振った。


「そんな目立つようなことはダメだ。

 生きている人間がいるとわかれば、この子がどんな目に合うかわからん。

 もっと慎重かつ確実に、ここの住人たちに詳しい者に聞けるのが良いのだが……」


「それじゃあ、ぴったりの人がいるよ」


 ついて来て、と言って、さっさと階段を降りてしまう狐の子を、おじさんとあかりが慌てて追い掛けた。

 後ろからは、賑やかな祭りの音頭が途切れることなく聞こえている。

 だんだんと小さくなっていく音楽を背後に、あかりは、お母さんもどこかでこの音を聞いているだろうか、と思った。


   * * *


昔、父親とケンカをして、家を飛び出したことがある。

理由は、ささいな事だった気がするが、覚えていない。

もう決して家には帰らないと心に誓って出た筈なのに、しばらくして辺りが暗くなると心細くなり、結局自分から家へと戻った。


しかし、家に戻ってみると、今度は父親の姿がない。

家出をして帰ってこない自分を捜しに行ったと聞き、その時は、むかついていた胸のつかえが少しすっきりしたのを覚えている。


でも結局、そのまま父親は帰って来なかった。

交通事故に巻き込まれて、病院へ運び込まれた時には手遅れだった。

もう口の聞けなくなった父親の遺体を前に、自分の所為ではない、と必死で自分に言い聞かせた。


――親父がいけないんだ。俺は悪くない。


 そんなことを思い出していたのは、娘がいなくなったことと、あの時の自分が重なって思えたからだ。

自分が先日、娘の言うことを信じてやらず、頭ごなしに叱ってしまったことが原因だろうか。


(何か事件に巻き込まれていなければいいが……)


 それが杞憂に終わることを祈りながら、雅弘は真っ暗な住宅街へと足を走らせるのだった。

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