【第四章】楽しい宴会
【第四章】1. 幽霊屋敷
狐の子は、幽霊横丁の中心にある大通りを少し進んだところで、ひょいと脇道に入って行った。
あかりとおじさんも、その後を追う。脇道に一歩足を踏み入れると、大通りの喧騒とはかけ離れた静寂さが辺りを包んでいた。真っ暗な道に立っている古い街灯は今にも消えそうで、それが殊更周囲の寂しさを助長している。
細い道は、ぐねぐねと曲がっているかと思えば、三又にも五又にも道が分かれている場所もあった。その入り組んだ道を、狐の子は、全く迷うことなく進んで行く。
「どうやって道がわかるの?」
あかりが不思議に思って尋ねると、狐の子は可笑しそうに笑った。
「わかるわけないさ。ここは、幽霊たちの“思念”ってやつでできているんだ。
昨日通った道が、今日は別の場所へ続いていることもあれば、どこにも繋がってないこともある。
だから覚えたって無駄だよ」
さも当たり前だろうという風に言われて、あかりは目を丸くして驚いた。
「それじゃあ、あたしたちは、一体どこへ向かっているの?」
「大丈夫。行きたいと思う気持ちが強ければ、そこへ行ける。
それに、あっちがぼくたちを呼んでいるから、きっとすぐに着ける筈さ」
どういう意味だろう、と首を傾げるあかりをよそに、狐の子は、自信満々に道を進んで行く。
おじさんの顔を見ると、おじさんは、肩をすくめて少し困ったように笑った。どうやらおじさんも、狐の子がどこへ向かっているのか分からないようだ。
それから、しばらく三人が右へ左へと道を進んで行くと、ふいに視界が開けて、何の建物も建っていない空き地に出た。無数の猫じゃらしが風に吹かれて揺れている。まるで海の波のようだ。
辺りには街灯もなく真っ暗な筈が、不思議と周りの物がはっきりと見てわかる。何故だろうと不思議に思ったあかりがふと顔を上げて、その理由がわかった。
真っ暗な空に、まん丸と太った白い月が浮かんでいる。その見たことのない風景に、あかりは、なんだか自分がとっても遠い場所へ来てしまったような気がした。
ここまで来た道筋も覚えていない。いつの間にか祭りの音も聞こえなくなっている。
あかりは、急に不安を覚えて、おじさんの顔を見た。
おじさんは、あかりの不安が伝わったのか、安心させるように優しく笑ってくれた。
あかりが思わず、おじさんの手を握ろうとすると、その手がするりと通り抜けてしまう。幽霊なのだから当たり前だ。おじさんの目が切なげに細められたのを見て、あかりは自分が寂しそうな顔をしてしまったことに気が付いた。慌てて何でもない風を装い、笑顔を見せる。
お母さんにも触れることはできなかったけれど、傍に居てくれるだけで安心できた。だから今も自分は大丈夫なのだ、と自分に言い聞かす。
「何やってんだ、早くこっちに来いよ」
呼ばれて見ると、空き地の雑草から顔を覗かせた狐の子が手招きをしている。
あかりは、おじさんに行こう、と声を掛けて、狐の子を追った。
空き地の中を突っ切って行くと、前方に古びた家屋が姿を現した。空き地に面して長い縁側が続き、部屋の中から灯りと陽気な音楽が零れている。美味しそうなご馳走の匂いまでしてきて、あかりは唾を呑み込んだ。
縁側に小さな文机が出されていた。その上には、てらてらと黄金色に輝く稲荷寿司が山のように重なって置かれている。
狐の子は、そろりと稲荷寿司の山へ近づくと、辺りの様子を伺いながら、一番てっぺんにあった稲荷寿司をぱっと取った。そのまま稲荷寿司をお面の下にある口へと運ぶ。二つ、三つと夢中になって食べている様子を見ると、どうやら彼の大好物らしい。
「だめよ、勝手にとって食べちゃ。
ちゃんとお家の人に、ください、ってお願いしなきゃ」
あかりが注意すると、狐の子は慌てて、しーっと人差し指を口に当てた。
「静かにしろよ、ばれちゃうだろ。
大丈夫、これだけたくさんあるんだから、黙ってたらわかんないよ」
あかりは、稲荷寿司の山を見た。綺麗に並べられていた天辺が欠けて、どう見ても崩れかけの山にしか見えない。
「これじゃ、すぐにばれちゃうよ」
あかりが狐の子を振り返ると、狐の子がいない。どこへ、ときょろきょろ辺りを見回すと、縁側を登って座敷の方へと這って行く狐の子の姿があった。
「ちょっと、どこへ行くのよ。勝手に上がっていいの?」
しかし、狐の子は、あかりを振り返ることなく進んで行く。
あかりは、狐の子を追い掛けようとして、はたと稲荷寿司の山を見た。うーん、と首を傾げて悩んだ末、崩れかけた山の天辺から2つほど稲荷寿司をとって口に入れた。崩れかけていた山は、立派な富士山となった。
あかりは、もぐもぐと甘酸っぱい稲荷寿司を口に頬張りながら、それを満足そうに眺めると、今度は、狐の子を追って縁側を上がった。
おじさんも戸惑いながらもあかりの後に続く。部屋の中では、大勢の幽霊たちが宴会をしており、長い机の上には、ご馳走とお酒が山のように積まれている。
皆、お酒の所為か青い顔を真っ赤にして、音楽に合わせて拍子を取ったり、大きな声で笑いながらおしゃべりをしていた。
あかりが狐の子を捜して辺りを見回していると、急に頭上から女の人の声が降ってきた。
「あらあら可愛いお嬢ちゃんだこと。初めまして、かしら」
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