【第二章】3. 不思議な出店
声を掛けられたあかりが顔を上げると、ひょっとこのお面を被った店主が、虫眼鏡のような物をあかりに差し出している。
細長い取手の先は丸くなっていて、中に薄い紙が貼ってある。
あかりが不思議そうな顔をしてそれを見つめていると、ひょっとこは、驚いた声を上げた。
「おいおい、もしかして霊魚救いは初めてかい?
これは、ポイっていうんだ。
いいかい、よく見てな。今、見本を見せてやるからな」
そう言って、手にしていたポイを構えて水槽を見つめると、えいや、と素早い動きでポイを水にくぐらせた。
と思ったら、次の瞬間には、ポイにすくわれた赤い金魚が宙を飛んでいた。
水飛沫と金魚の濡れた肌が提灯の灯りに照らされて、きらきらと光っている。
金魚は、嬉しそうに尾びれをぶるりと震わせると、光に溶け込むようにじゅわっと溶けて消えてしまった。
あかりが驚いた顔をして、金魚の消えた空を見つめていると、ひょっとこが教えてくれた。
「こいつらはな、現世で誰にもすくわれず、病気になって死んじまった霊魚たちなんだ。
だから、ここでこうやって救ってやるんだよ。
そうしたら、今みたいに満足して、あの世にいける。
お嬢ちゃんも見ただろう、今のあいつの嬉しそうな顔を、さ」
ひょっとこのお面の下がどんな表情をしているのかはわからないが、しみじみとした口調から、本当に金魚たちのことを憐れんでいる気持ちが伝わってくる。
あかりは、なんだか心が温かくなるような気がした。
ひょっとこに渡されたポイを片手に、あかりも霊魚すくいに挑んでみたが、これがなかなか難しく、水に浸けると、すぐにポイの先についた薄い紙が破れてしまう。
穴の開いたポイを難しい顔で見つめるあかりを見て、ひょっとこが笑った。
「はははっ、難しいだろう。これには、ちょいっとばかしコツがいるんだよなぁ」
あかりは、ポイの穴から恨めし気な表情でひょっとこを見た。
「ねぇ、なんでこんなに難しくするの?
お玉とかスプーンとか……破れないポイを使って、もっとたくさんの金魚さんたちをすくってあげればいいのに」
ひょっとこが虚をつかれたように固まる。
そして、それは考えなかったなぁ、と頭を掻きながら、はて何故だろう、と首を傾げた。
「ねぇ、あたしのお母さん見なかった?」
あかりの問いに、ひょっとこは首を横に振った。
あかりは、再び地面に四つん這いになると、人込みの足元を抜けて、別の屋台へと移動した。
今度は、綿菓子屋だ。白やピンク、水色、黄色などカラフルな綿菓子が陳列してある。
おかめのお面をつけた店主が、あかりにピンク色の綿菓子を一本渡してくれた。
一口舐めてみると、舌先にふわりと甘い味がして、目の前にチカチカと星が散った。
「これは、夢綿菓子。一口食べると、甘い夢が見られるよ」
あかりは、眠ってしまいたくなかったので、あわてて綿菓子をおかめに返した。
「いらない。あたし、お母さんをさがしているの」
ここでも同じ質問をしてみたが、おかめは、さぁねぇ、と首を傾げた。
あかりは、次の屋台へと移動した。
店の中では、たくさんの魚……いや、たい焼きが売られていた。目の前でたい焼きの焼けるいい匂いがして、あかりは唾を呑み込んだ。
天狗のお面を被った店主が、あかりにたい焼きを包んでくれた。
「たい焼きの中には、夢と希望が詰まっとる。しっかり捕まえとけよ。
生きがいいからな」
それがどういう意味なのか、あかりは後で知ることになるのだが、この時は、言われるままに、しっかりとたい焼きの袋を掴んだ。
「あたしのお母さんを知らない?」
天狗は無言で、肩をすくめて見せた。
さすがに歩き疲れたので、あかりは、どこかに座って、たい焼きを食べられる場所はないかと辺りを見回した。
屋根の下に、石でできた水盤と柄杓が置いてある場所を見つけた。
神社に来た時に使ったことがある、
手と口をゆすぎ、身体を清めるためのものだ。
あかりは、ちょうど喉も乾いていたので、水をもらおうと、その場所へ向かった。
柄杓に水を汲んで、まずは手を洗おうとしたが、片手が先程もらった、たい焼きの袋で塞がっている。
仕方がないので、袋が濡れないよう気を付けながら、水盤の端っこに置いた。
柄杓の水はとても冷たくて、気持ちが良かった。
あかりは、両手を洗い終わると、今度は、水を飲もうと再び柄杓で水をすくった。
その時、あかりの視界の端で、何かが動いた。
見ると、たい焼きの包みがぴくぴくと動いている。驚いて口を開けたまま、あかりが袋を見つめていると、中から一匹のたい焼きが顔を出した。
ぎょろっと目玉が動き、あかりと目が合うと、驚いたように、たい焼きが撥ねた。
その拍子に、たい焼きは、袋ごと地面へと落ちてしまう。
あ、とあかりが手を伸ばしたが、もう遅い。
たい焼きは、地面に落ちた衝撃で袋から飛び出すと、びちびちと地面を跳ねながら逃げて行く。
「待って」
あかりは、慌てて、持っていた柄杓を戻すと、撥ねるたい焼きの後を追った。
天狗の言っていた『生きがいい』とは、こういうことだったのだ。
たい焼きは、まるで本当に生きている魚のように地面を飛び跳ねながら(本当に生きている魚は水の中を泳ぐものだけれど)、境内の奥へと逃げて行った。
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