【第二章】2. 盆祭り

 全身を包帯でぐるぐる巻きにした人が焼き鳥を焼いている。


「どうして包帯をしているの? 怪我したの?」


 あかりが尋ねると、包帯男は、ううう、と答えたが、口も包帯で覆われているので、何を言っているのかわからない。

 代わりに、あかりの方へ、今焼いたばかりの焼き鳥串を一本差し出した。

 甘い醤油ダレがてらてらと光って美味しそうだ。

 それを見たあかりのお腹がぐぅと鳴った。

 あかりがおじさんの顔を見上げる。

 知らない人から食べ物をもらってはダメよ、と母に言われていたからだ。

 おじさんが、もらいなさい、と頷くと、背伸びをして包帯男から焼き鳥を受け取った。


「ありがとう」


 そう言うと、あかりは、近くに空いている席を見つけて座った。

 いつも母親から食べ物を食べる時は、座って食べようね、と言われている。


「いただきまぁーす」


 小さな口を大きく開けて、ぱくり。しかし、あつっ、と言ってすぐに口を離した。焼き立てなのだから当たり前だ。今度は、慎重にふーふーと息を吹き掛けて冷ましてから、齧り付いた。

 口の中で鶏肉の旨味と醤油ダレが混じり、じわりと広がっていく。

 あまりの美味しさに、あかりが頬を赤らめて目を輝かせた。


「美味しいかい?」


 と聞くおじさんに、大きく頷いて見せると、ずいと串を差し出した。


「おじさんも食べてみて」


「いいのかい?」


「うん、とっても美味しいよ」


 そう言ってから、あら、幽霊って食べられるのかしら、と思ったが、おじさんは、嬉しそうに焼き鳥を一口食べると、美味しい、と言った。

 焼き鳥を全部食べ終わると、あかりは、包帯男に串を渡しながら言った。


「あたし、こんなに美味しい焼き鳥はじめて食べたわ」


 包帯男の表情は見えなかったが、あかりには、包帯男が喜んでいるのが伝わって来た。


「あたし、お母さんをさがしているの。あたしのお母さん、見なかった?」


 あかりが聞くと、包帯男は、顔を横に振った。

 再び横丁を進んで行くと、色んな人たちとすれ違った。

 空中をふわふわと漂う青い火や、足下を這いずり回る黒いもの、腕のない人や仮面を被った人もいる。

 それでも、あかりは怖がることなく、すれ違う人たち一人一人に尋ねて回った。


「あたしのお母さんを知らない?」


 しかし、誰もが皆、一様に首を横に振るか、あかりの言葉を理解できずに素通りしていくものばかりだ。

 あかりの表情が段々と暗くなっていくのを見て、おじさんは、自分のことのように悲しくなった。


「お母さん、どこにいるのかな……」


 おじさんが返す言葉を探していると、どこからか笛や太鼓の楽しい祭囃子の音が聞こえてきた。

 それを聞いたあかりの顔がぱっと明るくなる。


「お祭りがあるの?」


「あぁ……そうか、今日は、盆祭りか。すっかり忘れていた」


 音は、道のずっと奥の方から聞こえてくる。

 あかりは、おじさんを急かしながら、音の聞こえてくる方へと向かった。


 お祭りは、長い階段を登った山の上にある境内で行われていた。

 真っ赤な鳥居をくぐると、そこは、たくさんの幽霊たちで溢れかえっていた。

 境内の真ん中には、大きな櫓(やぐら)が組まれており、その上で大太鼓を叩く音が響いて聞こえる。

 周囲には、ぐるりと屋台が立ち並び、水風船や金魚釣り、イカ焼きにたこ焼き、焼きそばなど美味しそうな食べ物も売られていた。

 あかりは、それらの光景を目にすると、目を輝かせながらおじさんを見上げた。


「こんなにたくさんいるんだもん、お母さんも、きっとここにいるよね」


 おじさんは、困った顔をして答えない。

 あかりは、おじさんの返答を待たずに、出店の一軒に駆け寄って、店主に声を掛けようとした。

 しかし、人込みが多くて近寄ることができない。


「待ちなさい、迷子になるぞ」


 背後からおじさんが声を掛けたが、あかりの耳には届いていない。

 人込みをかき分けようとしゃがんで四つん這いになると、足元――幽霊には足がないのだから当然だ――の隙間を見つけて、這って行く。

 ようやく屋台の前まで辿り着くと、体を起こして中を見た。

 そこには、大きな水槽が置いてあり、色とりどりの魚たちが泳いでいる。


「お嬢ちゃんもやってみるかい」

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