【第二章】幽霊横丁の住人は

【第二章】1. 幽霊横丁の住人たち

幽霊横丁は、どこか寂れた懐かしい匂いのする場所だった。

狭い道の両脇に、赤提灯や暖簾が軒先を飾る小さな飲食店が所狭しと立ち並んでいる。

入口の両脇には、大きな招き猫の石像が二体対になって置かれていた。向かって左に位置する猫は右手を、右に位置する猫は左手を上げている。


ベニたち〈幽生団〉は、皆をここまで案内すると、いつの間にかどこかへと消えてしまっていた。

連れてこられた人たちも、最初は戸惑っている様子だったが、横丁の懐かしい匂いに惹かれて、横丁の奥へと入って行く。

あかりも、おじさんと一緒に、横丁の中を歩いて見て回ることにした。


店先は、暖かく優しい色の灯りで溢れていた。

店の前に小さな机と椅子が並び、そこに座って飲み食いをしている人たちもいれば、灯りの漏れる硝子扉を開けて中へと入って行く人もいる。

ふと美味しそうな匂いがして、あかりは足を止めた。

店先に出ている簡易机の上に、美味しそうな焼き鳥が置かれていた。出来立てのようで、湯気が立ち上っている。

そして、その焼き鳥の前には、一人のサラリーマン風の男が座り、グラスに入った黄金色の液体を飲み干しているところだった。


「くはぁー、やっぱこれだねぇ。仕事の後のコレは美味いっ」


「おじさん、あたしのお母さん見なかった?」


 リーマン男は、じろりとあかりを睨むと、机の上に置いてあった茶色い瓶からグラスに黄金色の液体を注いだ。


「ねぇ、おじさんってば」


 あかりがもう一度同じ質問をすると、ぐいっとグラスを一気に飲み干し、音を立てて机に置いた。


「あのなぁ、お嬢ちゃん。幽霊には幽霊の礼儀っつーのがあるんだよ。

 いいか、幽霊に何かを尋ねる時は、まず相手の話をよく聞くことだ」


「話って?」


「そりゃお前、幽霊に聞く話なんざ、一つに決まってるだろう。

 なんで死んだんですか? とか、何が心残りなんですか? だろう」


 あかりは、幽霊じゃないので、よくわからないが、とりあえずここは言うことを聞いておくことにする。


「おじさん、何の仕事をしてるの?」


 リーマン男は、飲みかけていたグラスから口を離すと、宙に向かって思い切り口の中の液体を噴き出した。


「……てんめぇ……いい度胸してんな。人が言ったこと聞いてたのか?

 …………まぁ、いい。仕事、俺の仕事はなぁ……」


リーマン男は、自分の話を聞いてもらえるのが嬉しいのか、すぐに気を取り直して言った。

そして、しばらく宙を見つめてあれこれ考えた後、首を傾げた。


「仕事……仕事ねぇ……さぁ、なんだったかなぁ。

 もう忘れちまったなぁ」


「それ飲んだから、忘れちゃったの?」


 あかりがグラスを指さすと、男は、空になったグラスの底をじっと見つめた。

 そこに残った白い泡の一つ一つに、見覚えのある女性の顔と子供の顔が映っては消えていく。

それを見て何かを思い出しかけたが、それらは白い泡と共に消えてしまった。

リーマン男は、再び、瓶を手にとると、グラスに黄金色の液体を注いだ。


「くはぁー、やっぱこれだねぇ。仕事の後のコレは美味いっ」


 グラスの中身を飲み干すと、リーマン男は、先程と同じセリフを繰り返した。


「ねぇ、あたしのお母さん知らない?」


 あかりが聞くと、リーマン男は、さあ、と首を傾げて、再びグラスに液体を注いだ。

 あかりは諦めて、他の人に聞いてみることにした。

 しかし、他の人たちも似たような受け答えしか返って来ない。

 あかりは、彼らが皆口にしている不思議な飲み物を“忘れ薬”と呼ぶことにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る