【第一章】5. 終点
ほとんどの乗客がバスを降りて、次はあかりが降りる番になった。
運転席の横を通る時、あかりを見た運転手がびっくりした声をあげた。
「わぁおっ! なぁ~んで、生きてる子供がここにいるんだぁ」
あかりは、まじまじと運転手の顔があるらしい辺りを見つめた。口も鼻も目も耳もない。
それなのに、どうやって見て、そしてどうやって喋ってるのかしら、と不思議に思った。
あかりのすぐ後ろに居たおじさんが、あかりを運転手から庇うように前に出た。
と言っても、おじさんの身体も少し透けているのだから、あかりからは運転手の姿がはっきりと見えるし、運転手からもあかりの姿がばっちり見えている。
それでも、あかりは、おじさんの気持ちが嬉しくて、不安だった気持ちが少し和らぐ気がした。
「何してんだい、早く降りな」
バスの外からベニが怒鳴ったので、あかりはおじさんの顔を見上げた。
おじさんは、小さく頷くと、早く行きなさい、と手であかりを促した。
あかりがバスを降りる時、背後から運転手の呟く声が聞こえてきた。
「なんだってあんなもの乗せちまったんだ……もし何かあったら……いやいや、黙っていればわからんかもしれん。
それにしても気付かなかったもんだなぁ。
時々いるんだよ、全く。これだから子供は嫌なんだ……」
バスを降りると、たくさんの乗客たちがわらわらと白い塊のようになって待っていた。
あかりが乗っていたバスの乗客数より遥かに多い。
周りを見てみると、他にも何台か似たようなバスが停まっている。
どうやら、ここへ連れてこられたのは、あかりたちが乗っていたバスだけではなかったらしい。
ベニは、乗客が全員バスを降りたのを確認すると、運転手へ大きく手を振って、合図を送った。
すると、バスの扉が閉まり、来た道を戻って行く。
残ったのは、真っ暗な空間と、白いたくさんの乗客たち。
あかりは、母がいないかと、きょろきょろ辺りを見回してみたが、自分より背の高い人たちに囲まれていて、よく見えない。
そんなあかりの様子が不安そうに見えたのだろう、すぐ傍にいたおじさんが屈んで、あかりを安心させるように言った。
「大丈夫、おじさんがついているからね。
離れないように一緒に行こう」
白い集団は、ベニたち〈幽生団〉に誘導されて、どこかへと進んで行く。
真っ暗だった空間に、いつの間にか白く光る道ができている。
あかりも、他の人たちが進む流れに乗って、おじさんと一緒にその道を進んで行った。
白い道は、道自体が光を放っているように見えた。
熱くも冷たくもない、固いようで柔らかいような、ふわふわと宙に浮かんでいるような不思議な感覚がした。
道は真っすぐ伸びているかと思えば、途中で何度か曲がっていて、右へ左へと行くうちに、向かっている方角が全く分からなくなった。
しばらく歩いていると、やがて前方にぼうっと白く浮かび上がる何かが見えてきた。
近づくにつれて、それが古びた町並みであることがわかる。
「ここはどこなの?」
あかりが尋ねると、おじさんは答えた。
「ここは、幽霊横丁さ」
* * *
とあるマンションの一室では、ちょっとした騒ぎになっていた。
藤原雅弘は、その日の仕事を終えて自宅のマンションへと帰ると、
いつものように娘が眠る寝室の扉を開けて、彼女の寝顔を見ようベッドの中を覗き込んだ。
しかし、そこに娘の姿はなく、シーツを触ると冷たくなっているのがわかる。
「母さん、あかりは、どこにいるんだ」
リビングで座って船を漕いでいた雅弘の母がぱちりと目を覚ました。
雅弘が不在の間、子供たちの世話を頼んでいるのだ。
しかし、母は、寝耳に水だと言うように驚いた顔で首を横に振った。
二人して部屋中を捜してみたが、見つからない。
パニックになった母は、警察に連絡しようと受話器へ向おうとする。
しかし、雅弘は大きな騒ぎにする事を嫌った。
「もしかしたら、近所のお宅にお邪魔しているのかもしれない。
ちょっと思い当たる場所を探してからにしよう」
「それでも見つからなかったら?」
「その時は、警察に連絡をするしかない」
母は心配で顔を真っ青にしていたが、雅弘は、娘のことを心配するよりも、苛立ちの気持ちの方が強かった。
「お婆ちゃんを心配させて、迷惑をかけるなんて……後で叱ってやらなきゃ」
そして、まだ赤ん坊の息子を母に任せると、雅弘は、家を後にした。
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