【第一章】4. 三つの約束
「
「いや、
「なんだか楽しそうねぇ。芸でも始まるのかしら」
という声があちらこちらから上がり、ベニは、きっと睨みをきかせて即座に訂正した。
「幽霊が生きると書いて、〈幽生団〉だ。
あたいらは、あの世へ行って生まれ変わることを拒絶し、幽霊として生きることを誓った。
そして、共に同じ苦しみを抱えている仲間を見つけては、こうして救いの手を差し伸べているのだ」
ふふん、とベニが身体の前で腕組みをし、胸を張ると、豊満な胸がより強調されて、近くにいた老爺たちがおお、と拍手をした。
ベニは、それを承諾と受け取ったようで、満足気に運転手へバスを出すよう命令する。
初めは、運転手の帽子がイヤイヤをするよう左右に振られていたが、ベニが凄みをきかせると、渋々アクセスを踏んだ。
バスがゆっくりと進みだす。
周りを並走するバイクに誘導されて、どこかへと向かっているようだ。
それまで成り行きをただ見守るしかなかったあかりは、バスが行先を変えたことに気付いて、思わず叫んでいた。
「やめて、バスを止めて。あたし、お母さんに会いに行くの」
乗客が一斉にあかりを振り向く。隣に座っていたおじさんが驚いた顔であかりを窘(たしな)めるが、もう遅い。
運転手も思わず後ろを振り向きかけたが、バスが横に揺れたので慌てて前を向き、ハンドルを握り直した。
ぎろり、とベニがあかりを見つけると、つかつかと黒いヒールで音を立てながら後部座席へと歩いてくる。
そして、あかりの目の前までくると、仁王立であかりを見下ろした。
「なんだ、お前は。まだ生きているじゃないか」
あかりは、ベニの威圧感にも物怖じせずに言った。
「あたし、お母さんをさがしているの。
だから、バスの行先を変えないで。お母さんに会えなくなっちゃう」
“お母さん”という言葉に、ベニの眉がぴくりと反応する。
しかし、すぐに気のせいであったかのように、表情を変えずに言った。
「お前のお母さんなど知らん。
このバスは、〈幽生団〉がバスジャックしたんだ。大人しく黙って座っていろ。
そうすれば、悪いようにはしない」
生きている人間に用はないからな、とベニは付け加えた。
「バスジャックって、なに?」
あかりの真っすぐな視線を受けて、ベニがたじろぐ。
改めて意味を問われると答えられない言葉というものは、往々にしてあるものだ。
ベニは説明するのが面倒になり、雑な言い方で会話を終わらせようとした。
「ぁああ? バスジャックは…………バスジャックさ。
このバスをもらったってことだ。つまり、このバスの船長は、あたい。
だから、行先は、あたいが決めるってことだよ」
ベニは、自分の胸を親指で指して見せた。
あかりが首を傾げる。
「どこへ行くの? そこにお母さんはいる?」
すると、ベニは、赤い口をにっと上げて答えた。
「それは、着いてからのお楽しみだ」
それだけ言うと、ベニは、再び運転席の方へと戻って行った。
それからしばらくの間、あかりは、言われたとおりに、じっと席に座って待っていた。
今から行く場所に、お母さんがいるといいな、ということだけを考えていた。
しばらくバスに揺られていると、やがて目的地に到着したらしく、バスが停まった。
しかし、窓の外は、やはり真っ暗で何も見えない。
「さぁ、到着だ。順番に降りろ」
ベニの命令で乗客たちが一人、また一人と順番にバスを降りていく。
あかりが自分の番を待っていると、隣にいたおじさんが身を屈めて、あかりに話しかけてきた。
「おじさんと三つ、約束してくれ。
一つ、誰かに聞かれても、決して自分の名前を言ってはいけない。
さっきも言ったが、おうちに帰れなくなるからね。……そう、おじさんにも、だ。
一つ、みんなを刺激するようなことをしたり、言ったりしてはダメだ。
さっきみたいに、あのベニとかいう女に歯向かっただろう。あれはよくない。
今回は、たまたま見逃してもらえたが、強い霊体というのは何をしでかすかわからない。
中には悪い霊もいるから、そういうのとは目を合わしてはいけないよ。
一見、どんなに優しそうに見えても、急に態度を変えることもあるんだ。
だから、幽霊には、決して心を許してはダメだよ。…………そう、おじさんにも、だ。
一つ、今晩お母さんを捜して、それでも見つからなかったら、ちゃんと家へ帰りなさい。
おじさんも、君のお母さんを捜すのを手伝おう。
大丈夫、君が帰りたいと心から強く願えば、おうちへ帰る道が必ず見つかるはずだ。
そして、ここで見聞きした事は、決して他所で喋ってはいけないよ」
おじさんの話は長かったが、その表情が真剣で、あかりのことを心配してくれているのが言葉の節々から伝わってきたので、あかりは、一生懸命、おじさんの話に耳を傾けた。
最後におじさんは、約束できるかな、とあかりに尋ねた。
あかりは、おじさんの話を本当は半分も覚えていられなかったのだが、おじさんにがっかりされたくなったので、わかったと大きく頷いて見せた。
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