【第一章】3. 幽生団
説明をされても、何が違うというのか、あかりにはよく解らない。
確かに自分は、頭に釘が刺さっているわけでもなければ、目玉が取り外し可能でもない。
身体も透けて見えないし、違うと言えば違うような気がする。
それでも、いつもそんな存在が当たり前のように見えるあかりの目に、それらの違いは、単なる一個性としてしか映らない。
いつだったか、テレビで下半身のない人が車いすに乗ってバスケットをしていたのを見た時、祖母が言っていた。
見た目の違いだけで人を判断してはいけないよ、と。
それと何が違うというのだろう。
しかし、おじさんは、あかりが黙っているのを別の意味に受け取ったらしい。
眉を潜めて顔をあかりに近づけると、声を落として続けた。
「何があったのかは知らないが、そんな若さで死に急ぐことはない。
今ならまだ間に合う。運転手に言って、今すぐこのバスを降りるんだ」
おじさんの視線の先を目で追うと、バスの運転席に座っている、制服を着た運転手の後ろ姿が見えた。
白い手袋をはめた手でハンドルを右に左にとゆらゆら揺らしている。
頭があるべき部分は透明で、帽子だけが宙に浮かんで見えた。
耳は聞こえるのかしら、と思ったが、あんまりおじさんがあかりを運転手のところへ行くよう急かすので、聞きそびれてしまった。
「きっと君のお母さんが心配して、君を探しているよ。早くおうちに帰るんだ」
“母”という言葉を聞いて、あかりの目に涙が浮かぶ。
うぅ、と泣き出したあかりを見て、おじさんは言葉を呑み込んだ。
「お母さん……いなくなっちゃったの」
あかりの祖母は言った。お母さんは、もういないのだと。
遠いところへ行ってしまって、もう会えないのだと。
でも、あかりの目には、いつもすぐ傍に母の姿が見えていた。
他の皆には見えなくても、あかりにだけは見えていた。
だから寂しくなどなかった。でも……、
「一緒に絵本を読んでくれていたのに、消えちゃったの」
ある時、突然、母の姿が見えなくなった。
祖母に聞いても、憐みの目をあかりに向けるばかりで、答えてくれない。
祖母には、そもそも母の姿が見えていないのだから、知らなくて当たり前だ。
「そうか……それじゃあ、君のお母さんは……」
事情を察したおじさんは、憐みの目をあかりに向けた。
その目をあかりはよく知っている。
母親を亡くしたと聞いた人たちや、死んだ筈の母親の姿が見えると言ったあかりに、誰もが最初に向ける目と同じだ。
でも、あかりは、その目が嫌いだった。
――どうしてみんな、あかりをそんな風に見るの?
――どうしてみんな、お母さんが見えないの?
自分の目に見えないものを人は信じようとはしない。
あかりは、涙を拭うと、顔を上げて言った。
「このバスに乗ったら、お母さんに会えるかな」
きらきらと涙に濡れた目で自分を見るあかりに、おじさんがどう説明しようかと考えていると、急に外から大きな爆音が聞こえてきた。
驚いて外を見ると、真っ暗闇の中を幾つもの細長い明かりがバスに沿って右へ左へと動いている。
まるで生きて動いている人魂のようだ。
しかし、よく見ると、それはバイクの前に付いているヘッドランプから延びた光で、バイクが走っているため後ろに尾を引き、細長い明かりに見えているだけだった。
爆音に聞こえたものは、バイクのエンジン音だ。
ぶりゅりゅりゅりゅ……、ぶるんぶるん、ぶふぉふぉ、ぶふぉふぉ……と、まるで誰かが大声で笑っているような音を立ててバイクが鳴り響く。
バイクは、バスを囲うように走っていて、その距離をどんどん縮めていった。
先頭を走っていた一番大きなバイクが一台、バスの前方にある扉をどんどんと叩いた。
ここを開けろと言っているようだ。
運転手がそれに答えないでいると、今度はバスの前に飛び出して、左右に蛇行運転を始めた。
バスの進行を止めようというのだろう。
徐々にバイクが速度を落としていくのに従い、バスも減速していく。
とうとうバスが停まった。
すると、前方にいたバイクの乗り手が降りてきて、再びバスの扉を叩いた。
バスの周りは、ぐるりとバイクで囲まれており、逃げ道はない。
観念した運転手が扉を開くと、黒いヘルメットを被って、全身を黒のボディスーツに身を包んだ女が一人、バスに乗り込んできた。
女がヘルメットを外すと、黒々と波打った長い髪が腰のあたりまで零れ落ちた。
白い肌にマスカラで強調された長い睫毛と真っ赤な口紅がよく映えている。
乗客の中から、ほうっと見惚れたような溜め息が聞こえた。
「あたいらは、泣く子も黙る〈幽生団(ゆうきだん)〉だ。
あたいは、リーダーのベニ。
このバスは、あたいら〈幽生団〉がもらった」
少し鼻に抜けるような低い声で、ベニは言った。
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