005-6 『―――』

 宴もたけなわから盛り下がり、秋濱に夏堀、田村の三人は帰って行った。

 店内には抽冬と『偽造屋』の二人だけがカウンターを挟み、静まり返った店内に残っている。

「……帰らないんですか?」

「別にいいだろう。偶にはゆっくり飲みたいんだよ」

 しかし、田村の顔をしたままの『偽造屋』が飲んでいるのは、トマトジュース(無塩)だったが。

「じゃあ、せっかくなんで聞いていいですか?」

「何を?」

 食器を洗う抽冬の視線は、雇い主には向けられていない。しかし意識は流し台ではなく、向かいの席に移ってきた『偽造屋』に向けられていた。


「……何で、俺を雇ったんですか?」


 コン、とグラスが置かれる。

「あれ……言ってなかったっけ?」

「言われてても、多分忘れてますよ」

 先程の会話で、抽冬は飲み過ぎると記憶を失う可能性があることが分かった。

 それもあってか……抽冬はふと、『偽造屋』と出会った時のことを思い出そうとして、多少の記憶が飛んでいることに気付いた。その原因がアルコールだと考えるのは、おそらく間違ってはいないだろう。

二十代の時の俺は、オーナーに拾われるまでは飲んだくれていたでしょう? ……なんで俺だったのかな、って」

「ああ……大した理由じゃねえよ」

 空になったグラスを指で弾く『偽造屋』。洗い物を中断し、手を拭った抽冬は新しいトマトジュースを用意し始めた。


「たまたま飲み屋で一緒になった時、おっさん……俺が変装・・している・・・・ことに気付きやがったんだよ」


 その理由を聞いて、抽冬は一瞬、手を止めてしまった。

「……何ですか? その理由」

「切っ掛けなんて、大したことのない方が多いもんだろう。普通……」

 取り替えられた新しいグラスに、なみなみと注がれている無塩トマトジュース。『偽造屋』はすぐに手を伸ばさず、口は話を優先させる為に言葉を発し続けていた。

「俺の昔馴染み連中には、『絵空事じゃない』って知っている分、変装が効かねえんだよ。特に一人には、いつも疑いの目を向けられちまう」

「オーナーの昔馴染み、って……実家犯罪者の人達でしょう? そりゃ変装とかには免疫ついてるでしょうし……」

「……何も知らない子供ガキの頃からなんだよ。一人だけ何故か、いつも目敏く疑うんだ」

 抽冬はまた流し台の前に移動したが、洗い物をすぐに再開しようとしない。

「多分だけどな……おっさんはあいつと、同種の人間だ。だから練習しているんだよ。堂々と、『全てを欺く』って言い切る為にな」

「つまり俺は……ただの練習台、ってことですか?」

「言っただろ? 『大したことない』って」

 まさしく、その言葉通りだった。

「ついでに言っとくと、おっさんもあいつも『大したことない』って思ってるかもしれないけどな……普通は・・・気付かないんだよ。夏堀のお姉さん見ただろ?」

 たしかに最初、『変装』という二文字が発想できていなかったとは思う。けれども、それは抽冬が……


「『事前に知っていた』、とか考えているのかもしれないけどな……だったら俺と会った時は、どう説明するんだよ?」

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