005-7 『―――』

「何となく、ですけど……思い出してきましたよ」

 たしかに、抽冬は『偽造屋』の変装を見破ったことがある。いや、というよりも……

「でも、あの時は……ただ違和感を、指摘しただけでしたよね?」

「そう。その指摘・・が欲しいんだよ」

 だから雇ったと、『偽造屋』は抽冬に告げてからようやく、新しいグラスを手に取った。

「仕事できるかどうかは様子見で決めれば十分だったけどな……その指摘できる目が欲しかった。だから雇ったんだよ」

「そんな理由で……」

「『自分ができることは、他の奴ができても当たり前』って考えてるなら……気を付けた方がいいぞ」

 ソフトドリンクとの見分けを付ける為に、グラスに差しているストローを抜いた『偽造屋』は、その先端を抽冬へと向けた。

「そいつも言ってたけどな……それ、『自己肯定できなくなっている前兆』だってさ」

「…………」

『偽造屋』の発言を否定できる材料を、抽冬は持ち合わせていない。なので、今は黙ることしかできなかった。

「まあ、どっちにしろ……仕事をキッチリしてくれたら、俺には関係ないさ」

 手に持ったストローをカウンターの上に置き、前の・・グラス・・・の分・・と合わせて重ねながら、『偽造屋』は言う。

「それ以上を評価する器は持ち合わせているつもりだが……全部に気付ける程万能じゃねえからな。評価されたきゃ、ちゃんとアピールよろしく」

「オーナー……」

 そうぼやきながら、抽冬はようやく食器洗いを再開し始めた。

「それができてたら……この店で今、暢気にバーテンなんてやってませんよ」

「あ~……そりゃそうだな」

 そもそもの出会いが、偶然の産物でしかないのだ。

 その偶然に甘えたまま生活している人間の自己肯定感が、高いわけがない。


「だから、オーナーには感謝してますよ。表でも裏でもない、社会の狭間がわりと落ち着くのには、自分でも驚いていますが」


「……そうかよ」

 別に、『偽造屋』も根っからの悪人というわけではない。ただ、犯罪者にありがちな『自我の押し付け』を行ったのはたしかだった。

 善でも悪でも、押し付けられた相手がどう思うかは誰にも分からない。たとえ理解できたとしても、善悪の区別を付けるのが精々だろう。

 だからこそ、『自分の都合に付き合わせる』悪意を、相手から『自分を助けてくれる』善意として取られてしまうと、どう反応すればいいのかが、分からなくなってしまう。

 ……ただ、それでもやるべきことは変わらないのが、唯一の救いではあるが。

「ま、お互い気の済むまではよろしくな」

「ええ……これからもよろしくお願いしますね、オーナー」

 飲み干したグラスを置き、『偽造屋』は立ち上がってから、階段を上って行った。

 抽冬は片付けがまだ残っているので、閉店まではこのまま残るつもりでいた。扉の開閉音がした後も、洗い物を片付ける手が止まることはない。

 たとえ、自分が『バーテン』の肩書を背負おうとも、給料分は真面目に働く。


 それが抽冬の、なけなしの誇りの一つだった。

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