005-4 『―――』
「それにしてもオーナー……」
田村からの注文であるビールを用意しながら、抽冬は『偽造屋』に話し掛けた。
「いつも思いますけど、来るなら事前に連絡下さいよ。すぐ
「何で自分の店来るのに、いちいち
田村の顔をしたまま、『偽造屋』はトマトジュース片手に表情を歪めてくる。
「というかオーナーさん。私の顔で凄むのはいいけどさ……足には気を付けてよ。
「……おっと」
田村からの指摘を受け『偽造屋』は慌てて足を揃えた。
スカートを穿いていた上、先程まであられもない組み方をしていたので、下手をすれば中が見えていたかもしれない。その様子を見て、夏堀はある事実に気付いた。
「スカート穿いてるのに、中身を気にしていない……え、もしかして男?」
「当たり!」
夏堀の予想は当たっていた。
「
「『ナニの方はでかい』って、前に聞いたことがあるけどね~」
そう呟く田村に関わらず、『偽造屋』の視線は、自らが雇った抽冬の方を向いた。
「……言ったのか?」
「言ってません」
無表情を貫き、断固たる姿勢で疑問を拒絶する抽冬。しかし告げ口が止むことはなかった。
「この前家の方に遊びに行った時、おじさん酔っ払いながら言ってたじゃん。『負けた……』って、若干落ち込み気味で」
「……すみません、言ったかもしれません」
「おっさん……外では絶対に飲むなよ」
ある意味理不尽な業務命令だが、抽冬は甘んじて受け入れていた。そもそも、秋濱程ではないものの、出不精なことには変わりがないので、そこまで気にする必要がないこともあるが。
「はい……以後、気を付けます」
「どこも厳しいわね……」
抽冬達のやりとりを横目にしながら、夏堀は缶に残っているビールの中身を、最後の一滴に至るまで注ぎ切らんとしていた。
「というか抽冬、あんた酒癖悪かったの?」
「いや、普段はそんなことないんだけど……」
「でもおじさん、その時ボトル空けてたじゃん。丸々一本」
「ボトル…………」
田村が言うボトルについて、抽冬は腕を組みつつ、頭を傾げて記憶を絞り出そうとする。
いくら『バーの利益は求めていない』と言われてはいても、在庫や金銭管理はきちんと行っていた。帳簿上に間違いがあったことは今のところないので、飲み干したのは自宅にある個人用のウィスキーだとは思うが、あれはいつの間にかなくなっていたのだ。
その所在を思い出そうとして……ふと、抽冬の脳裏にある人物が浮かんだ。
「田村……その時、あいつはどうしてた?」
「あいつ、って弥咲さん?」
頷く抽冬に、田村は思い出すように天井を見上げながら答えた。
「たしか……キャバ嬢の格好しながら、おじさんにお酌してたよ。『オーナーと女遊びした帰りだったから』って。何でだろうね?」
「……悪い。俺のせいだった」
「あ~……そういえば、そんなこともありましたね」
偶に女を抱きたくなると、ついでとばかりに抽冬を連れ出すことがある『偽造屋』のせいだった。
『そっか、こいつも男なんだ……』
抽冬達の会話を聞いていた秋濱と夏堀の二人は、心の中で同じことを考えていたとか……
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