005-3 『―――』

 耳をピアスで飾り付けた女性、田村は階段を降りながら……自分・・そっくりの人物の前に立った。

「え、あれ、え……?」

 顔形に風貌と、まるで鏡に映したかのような二人を見て、夏堀の目は驚愕で見開かれていた。

 現実的には一卵性の双子、空想的だと人工生命クローン複製存在ドッペルゲンガーが浮かぶものだが、驚きで思考が追いついていないらしい。

 その驚愕の視線を浴びていることに気付かず、いやいつものこと・・・・・・と気にせず、田村は目の前の人物に挨拶した。


オーナー・・・・さん・・お久し振り~」


「…………はぇっ!?」

 変な声が漏れ出ている夏堀に構わず、田村の前にいる人物は、再び口を開いた。

「と、いうわけで……初めまして、夏堀さん」

 田村に軽く手を上げて挨拶してから夏堀の方を向き、改めて自己紹介してくる。


「そこのおっさんの雇い主兼この店のオーナーこと、『偽造屋』で~す。よろしく!」


 その人物――『偽造屋』は名前ではなく職業で、自らを表した。

「呼び方はオーナーか『偽造屋』でよろしく。名前はできるだけ伏せておく方針なんで」

「と言っても、オーナーの昔馴染みさん達は皆知ってるでしょう?」

「黙れおっさん、給料削るぞこら」

 夏堀の時よりも、威圧感のある言葉が抽冬に圧し掛かってくる。

「まあまあ、オーナーさん。あんまりおじさんを虐めないであげてよ」

『偽造屋』を挟んで、夏堀とは反対の席に腰掛けながら、田村は仲裁に入る。

 それでようやく落ち着いたのか、夏堀はようやく疑問を発した。

「……で、これどういうこと?」

田村四季これこと? ただの変装だけど?」

 そうあっけらかんと、『偽造屋』は夏堀の質問に答える。

「『偽装に変装、全てを欺く『偽造屋』』がモットーなんでね。問題トラブル避ける為にも、出歩く際は適当に変装してるんだよ」

「……どこの泥棒よ?」

 そうツッコみたくなるのも仕方がない。

 何せ、変装対象田村を前にすると、どちらが本物なのかが分からなくなってくる程の力量クオリティなのだから。

「でも抽冬のおっさんは気付いてたじゃん。何で?」

「ああ……それ・・ですよ」

 抽冬が指差す先に『偽造屋』は視線を向ける。そこでは田村が、お下がりのオイルライターを弄びながら、自分用の灰皿を待っていた。

「こいつ、手が空いてるとライターを弄ぶ癖があるんで」

「あ~……さすがに小道具までには気が回らなかったかぁ」

 田村の灰皿と一緒に差し出されたトマトジュースのグラスを傾けながら、『偽造屋』は自分の未熟さを噛み締めていた。




「と、いうか……秋濱は気付いてたの?」

「どちらかと言うと……油断してると変装して店に来るから、基本的に他の客には愛想良くしている。そもそも今日は最初、夏堀が『偽造屋』さんの変装かと思ってたし」

 だから最初から、あまり関わらないようにしていたと、秋濱は暗にそう示してきた。

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