004-7 田村 四季

 それでも人間、三大欲求の中に食欲がある以上、空腹には抗えない。特に抽冬は、帰宅後すぐに桧山を強姦レイプ(和姦かもしれないが……)したので、何も口にしていなかった。

 抽冬と桧山、そして田村の三人は飢餓感で不快感を払拭する為にも、ただひたすらハッシュドビーフを皿に盛ったバターライスにかけては、口に運ぶ作業に従事した。

「ところで田村、今日仕事は?」

「六連勤明け~……また新人が辞め逃げた」

「ご愁傷様……」

 就職活動の際、『仕事が気に入らないから』と希望しない分にはまだ許されるだろう。元々縁のない相手だったと、考えるだけで済むからだ。

 だが入社後に、『思っていたのと違う』と簡単に辞められてしまえば、発生する被害は勤務期間分の退職者の人生だけでは済まない。新入社員に提供した研修期間も費用も、場合によっては業務上の損害も、会社側は被ることになる。

 それらの齟齬ミスマッチを無くす為にも、就職活動を怠ってはいけない。それは就活者も、求人募集している会社側も変わらなかった。

「会社も人数足りないからって、適当なの採用しないで欲しいわ~……一番被害被るのは、現場の人間下っ端だってのに」

「アルバイトやパートからの、社員登用は?」

「そっちも全滅~……」

 本当に疲れ切っているらしく、田村は頬杖を付きながら、スプーンの柄尻を指先で弄び出した。

「皆上流企業か、『夢の国』がいいんだって……贅沢な」

 ポロリと、元家出少女の本音が漏れ出ていた。

「僻んでもしょうがないでしょう? ……お代わりいる?」

「…………いる」

 お皿を手渡しながらも、田村の愚痴が止む気配はない。

「いっそ弥咲さん、免税ショップうちで働かない? 好待遇約束するからさぁ~」

「私、今のパートが気に入ってるから。うちの人が休む時も、代わりにお店に出ないといけないし」

「…………おじさ~ん」

 抽冬は田村からの媚びるような視線に対して、黙って肩を竦めるだけだった。

「ええ~……」

「その人、私の仕事に関しては無頓着よ。信じてくれているのか、元AV女優だからかは知らないけど」

「『職業選択の自由憲法22条』を、守ってるだけなんだけどな……」

 裏社会の住人犯罪者の庇護下で働いている人間が、何を言っているのか?

 女性二人の視線に身を縮ませながら、抽冬はハッシュドビーフの残りを掻き込んでいく。




「おじさん、また野菜貰っていくね~」

「できれば多めに持ってって。二人や店だけでも、処理しきれないから……」

 そこまで歳の差は離れていないものの、もはや親子のようなやり取りである。

 家庭菜園で余った野菜を田村に手渡した抽冬は、同じく店に向かう為、玄関の靴を履いた。

「相変わらずお客さん、来ないの?」

「もう一人、常連候補はできたけどね」

「……女じゃないでしょうね?」

 二人を見送ろうとしていた桧山が、抽冬に対して腕を組みながら問い掛けてくる。

 それに抽冬は、後頭部を掻きながら答えた。

「女だけど大丈夫だよ。尻軽ビッチっぽいけど、秋濱が犠牲になっただけだし」

「どこが大丈夫なのよ……お店に行くから、彼女が来た時は連絡して」

「『奥さんお前が居る』って言っといたから大丈夫だよ。そんなに警戒すること?」

 こんなおじさんに何言ってんだか、と抽冬は取り合わずに、さっさと部屋を出て行ってしまった。




「おじさん、意外と身持ちが堅い方じゃない? 大丈夫だと思うけど……」

処女ヴァージンは黙ってて」

処女それ、って……罵倒語?」

 侮蔑、というよりも嫉妬が多分に含まれている桧山の視線を背に、田村は野菜片手に部屋を後にした。

「また遊びに行こうかな……」

 空いた手にライターを握り、適当に弄びながらちた田村の声は、夜闇に溶け消えていく。

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