004-4 田村 四季

 たとえ桧山でも、抽冬の全てを受け入れているわけではない。

『さすがに殴られたりとかしたら、そこで見切りをつけるわよ……私だってもう、同じ轍を踏む気はないし』

 桧山が抽冬の傍にいるのはあくまで個人の意思だと、転がり込んできた当初に聞いている。

 とはいえ……昼夜逆転した上に、犯罪者に雇われている生活。結婚どころか、普通の友人付き合いすら考えなければならない。

 実際、再会したばかりの夏堀どころか、常連の秋濱ですら、抽冬には疑いの対象でしかない。


 いや……完全には信じられないのだ。


 人は、切っ掛け一つで簡単に裏切る。法治国家で罪を犯し、社会の裏側へと転がり込む人間は皆そうだ。例外があるとすれば、転がり込んだ人間に巻き込まれた時位だろう。

 たとえば身近な人間がすでに裏社会の住人そうだったとか。

 たとえば……運悪く、裏社会の住人彼等の起こした事案に遭遇したとか。

 ……いずれにせよ、社会の裏側で生きる人間は、そのほとんどが法律以外の、自分の規律ルールで生きていることが多い。

 でなければ、生きている意味がない。それに……適当に生きる程、簡単に敵を作ってしまうからだ。

「……謝ったら、本気で怒るからね」

 だから……桧山はシャワー上がりの抽冬に対して、その身に纏わりつく布切れを剥がしながら、そう言い放ってきたのだ。

「私が許容できる範囲なら、どれだけ八つ当たりしてきても気にしないわ。それであなたの傍に居られるなら……安いものよ」

 はっきり言って、桧山の自己評価は低いと、抽冬は考えている。

 ただ、それを伝えようとする度に、桧山の方から会話を切り上げられてしまうのだ。

「いつも思うけどさ~……」

 桧山に背を向けた抽冬は、服も着替えてからリビングに出る。そこには喫煙を終えた田村が、テーブル席に腰掛けて頬杖を付いていた。

「弥咲さん、もう顔も戸籍も変えてんでしょ? 別にバツイチの元AV女優とか、騙る・・必要もないと思うけど……」

「法的にはそうだけど……本人の心理的には、変わらないんだってさ」

 そう、以前に言われたことを口にしながら、抽冬はキッチンへと向かう。

 自己評価が低いというよりも……もしかすれば、抽冬の傍に居る為に必要だと信じた結果なのかもしれない。

 自他のどちらが正しいのかは、実際のところ、誰にも保証できるものではない。それをどうにか白黒つけようとした結果が、国の法律皆の掲げる正論なのだろう。

 だが、それでも命懸けで、抽冬の傍にいる理由にはなりえない。その本人からも痛め付けられる結果を享受しているのであれば、なおさらだ。

「てっきり、ほんの数ヶ月で出て行くと思ってたんだけど……もし俺が死んでたら、犯人あいつかもな」

「弥咲さんに殺されたいの?」

「というより……」

 抽冬は席に着くことなく、そのままキッチンへと入って行った。

「どうせ殺されるなら……傍で尽くしてくれる女に苦しむことなく殺されたい。そう思っているだけだよ」

 法に守られないということは、惨めな最期を迎える可能性が格段に上がるということだ。

 だから……抽冬の願望もまた、ある意味では贅沢なことだとも言える。


「女一人、幸せにできずに殺される。それが……俺が望める中で、一番普通のまともな最期だからな」

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