003-6 夏堀 恵

「もう、お婿に行けない……」


 顔を覆って嘆く秋濱を一瞥した抽冬は、その元凶だろう夏堀に問い掛ける。

「……一体何したの?」

避妊具ゴムしか手持ちないから、逆強姦レイプで留めたわよ……尻穴ケツに指突っ込んだりはしたけど」

(絶対にそれだ……)

 だが抽冬は、口を閉ざした。

 パン一で泣き崩れている秋濱には悪いが、所詮抽冬はただのバーテン。助けるどころか、のんびりと乱れた服を整えている夏堀を諫めることすら難しい。

「それにしても……お互いに歳を取ったよね。平気でゲスいことができる程度には」

「歳のことは言うな。あんたも同じ目に遭いたいの? このムッツリめ」

「俺、奥さん居るので結構です」

 事実婚な上に、自分が認めているかは微妙だが……、とは付け加えない。説明が面倒な上に、それすらも、夏堀達が調べている可能性もある。話題に上らない限りは、余計なことは口にしない方がいい。

 でなければ……秋濱の二の舞になってしまう。

「しかし酒入った状態で身体を動かす暴れると、酔いが回るのが早く……うっぷ、」

「そろそろお開きにする? 秋濱も落ち込んだままだし……」

 もはや泥沼の状態だ。これ以上は秋濱も、飲む気はしないだろう。何しろパン一で、常連化すら解けかねない状態なのだから。

「そうね…………あ、そうだ」

 どうしたものかと考えていたらしき夏堀が、ふと秋濱に服を着るよう促している抽冬を見て、手を叩いてくる。

「あんたに聞きたいことがあったのよ。変にもやもやした状態で通うよりは、先に聞いといた方がいいかと思って」

「……聞きたいこと?」

 一体何なのか……抽冬は首を傾げてから、夏堀に続きを促した。


「あんたさ…………小学校の同級生殺した・・・って、本当?」


「…………」

 抽冬は、すぐには答えなかった。

 答えられない、というわけではない。どう答えればいいのかが、分からないからだ。

「もしかして……あのことじゃないの?」

「あれ、秋濱は知っているの?」

「一応、抽冬とは小学校も同じだったから……別の奴経由で」

 未だに答えに悩んでいる抽冬を置いて、秋濱はいそいそと服を着ながら、自分が知っていることを話し始めた。

「こいつ、昔の経験を題材ネタにして小説だかエッセイだかを書いて、賞に応募していたんだよ。で、入賞したのはいいけど……その時の関係者の一人が、自殺したって噂、」

「噂じゃ、ないよ……」

 手持ち無沙汰のままでは話せなくなると思い、抽冬は洗ったばかりのグラスを拭きながら、秋濱の話を訂正……いや、補足した。

「昔にされた嫌な経験をそのまま書いただけだけど、その時は小学生・・・だったから……自分にとっての善意が、相手にとっては悪意になることもあった」

 ……自分の・・・手が・・汚れて・・・いる・・。その出来事があってからずっと、抽冬はそう思っていた。


「俺にとっては悪意でしかない出来事を書き記した。その結果……相手は罪悪感に押し潰されたんだよ」

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