003-5 夏堀 恵

「そういえば、この店って……男買えないの?」

「『男の子』も『女の子』も買えないよ。そもそも買春自体、割に合わないからね」

 人間だって生物せいぶつであり、生物なまものである。

 生きるだけでも金が掛かり、商品としての維持管理にも金が掛かり、また人に見られず、口が堅くて金払いの良い客を探す為の先行投資にも金が掛かる。

 人間に三大欲求の一つである性欲があろうと、必ずしも、性風俗産業が儲かるわけではない。客も嬢も店も、そこに利益がなければ商売なんて成り立たないのだ。だから無理な性産業が行われ、それを取り締まる法律が今でもいたちごっこに続いている。

 それは、社会の裏側でも例外ではない。

 利益がなければ商売は成り立たない。その場で誰かを買って使い捨てるならばまだしも、抱え込み続けるのはどの立場であっても、リスクにしかならないのだ。

「というか……別に教師に拘る必要ないんじゃないの?」

 抽冬に新しいグラスを注文しながら、秋濱はふと思ったことを口にしていた。

「『男の子』に関われる仕事なんて、他にもあるじゃん。そっちじゃ駄目だったの?」

(勧めてどうするのかな……?)

 別に秋濱とて、犯罪を勧めてそう発言したわけではないだろう。

 単純に、疑問に思ったのかもしれない。ただ少年好きショタコンだからという理由でどうしてそこまで、小学校の教師に拘るのか。

 抽冬も気にはなるものの、下手につついて面倒事トラブルに巻き込まれては堪ったものではないと、口を噤んでいるに過ぎない。どうせただの『バーテン』だから、というのもあるが。

「あ~……塾講師でも良かったんだけど、食いっぱぐれそうだったから…………」

「そこは現実的なんだ……」

「後、今の会社イベント業界だから、上手くいけば小学生ショタに関われるし」

「……まったく下心が抜けていない」

 呆れる秋濱に、救いようがないと首を振る抽冬。二者二様の有様に夏堀は、『どうせ分からないでしょう』と鼻を鳴らした。

「大体世の中が間違ってるのよ。時代が時代なら『お稚児趣味ショタコン』なんて普通でしょうが」

「現代社会で無茶言うね……」

「そもそも稚児って……そっちの意味なら、相手男じゃん」

「大丈夫よ。私、攻め手タチもいけるし」

『ぅぇ……』

 夏堀の業の深さに、男二人は戦々恐々としてしまう。

「何よ、女が攻めちゃ駄目なわけ? 差別?」

「いや、だから……子供ショタが駄目なんだって」

 止せばいいのに、秋濱は滑らせた口でツッコミを入れている。抽冬はもう知らないと空いたグラスを片付ける名目で、二人に背を向けた。

「かわせおあひすふひされらんか、てゆそのえうていくけそてんけ?」

「けうべうそにさだせお。くをへふーめわでた」

「どかおかおもだ、くお!」

 酒の勢いもあってか、呂律の回らない会話が何故か成立している。

「抽冬……個室、ある?」

 抽冬は黙って、階段裏のエレベーターとは反対側にある、目立たない色で隠されている扉を指差した。

 ……後ろの二人に視線を向けないまま。

「通常利用は五千円、汚し放題コースなら三万円になります」

「三万円の方、秋濱こいつにつけといて」

「ちょっ!?」

 反論する間もなく、秋濱は夏堀に連れ去られてしまった。

「……一服するか」

 抽冬は取り出した椅子に腰掛け、煙草を咥えだす。

『――――』

 よがり声が叫び声に似ている、いや逆かな……等と考えながら、抽冬はのんびりと煙を味わっていた。




 ……個室から漏れ出てくる、意味の分からない叫喚を肴にしながら。

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