003-4 夏堀 恵

 ――カチャン……


「オーナーから伝言。『今後とも御贔屓に』って」

「はい仕事終~了~」

 内容の割りには軽い返答を漏らした夏堀は、軽く手を叩いてから抽冬を指差して注文を始めた。

「というわけでビールね。ラガーある?」

「まあ……缶か瓶で良ければ」

 そしてグラスと共に、抽冬は夏堀の前にいくつかのラガービールを並べていく。その中から気に入った物を選び取ると、彼女はそのまま手酌で入れ始めていた。

「……飲むの?」

「意味もなく常連化しているあんたが言うこと? それ」

 麦芽色の液体を勢い良く喉に流し込んでから、夏堀は秋濱にそうツッコんだ。

「しょうがないでしょう……私、出世する為に外面被ってるんだから。こうやって、家以外でばらせる場所見つけておかないと、ストレスでおかしくなるのよ」

「そういえば、夏堀さん……今の仕事は?」

 不要なビールを片付けながら、抽冬は夏堀に対して話題を振る。

「仕事、って本業表の? 普通に会社員だけど、それもねえ……」

 頬杖を付き、目を少し流し気味にしながら、夏堀はぼやき始めた。

役職ポストの空きがなくて、今のところは係長止まり。そもそも私、本当は小学校の教師になりたかったのよ」

「へぇ……そうなんだ」

 秋濱も興味があるのか、それとも一人取り残されるのが嫌なのか、抽冬が夏堀に振った話題に絡んでくる。

「じゃあ何で今は会社員なの? 定員割れ?」

 さすがに『試験に落ちたのか』とは聞けないので、倍率の高さを挟んで聞く秋濱。抽冬も気になったので、顔を上げて夏堀を見つめている。

 そして夏堀は、組んだ両手に額を載せ、少し重たげに呟いた。

「いや、大学で『少年好きショタコン』だって噂が流れちゃって……教員試験、受けさせて貰えなかったの」

「あ、えっと……」

 言葉の途切れる秋濱に代わり、ことの成り行きを見守っていた抽冬は、夏堀の前に新しいビール缶を置いた。

「夏堀さん……残ね、」

「まあ、『少年好きショタコン』なのは本当なんだけどね」

それは本当なんだ……』

 口を揃えてツッコむ男性陣に構わず、夏堀は差し出されたビールをグラスに注ぎ出していた。

「いやぁ……高校時代にクラスメイトの弟と流れで性交セックスしたんだけどさぁ。それきっかけに、精通前の男の子逆強姦レイプするのに嵌っちゃって……」

「怖っ……」

 性欲の強い女、しかも少年好きショタコンなんて……『ブギーマン』以上の都市伝説かと思えば実在していた。だが、実際に目の当たりにすると、『もしかしたら抱けるかも』という性欲よりも、『こんながいるのかよ……』という驚愕の方が内心を占めるらしい。

 少なくとも、秋濱は軽く身を引いていた。抽冬は桧山という、ある意味同類の事例を知っているので、まだ無表情でいられたが。

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