003-3 夏堀 恵

 ――殺し屋『ブギーマン』


 それは、近代の情報技術が生み出してしまった、ある暗殺手段を用いた殺し屋の名前だった。

 現代社会は、マスコミやインターネット、果ては各種SNSにまで個人情報を拡散させることができる。ただの一般人でも、ちょっとした評価一つや、感情的に吐いたほんの小さな嘘で、相手を追い詰めることが簡単に起こり得る。

 個人情報が容易に取り扱われ、簡単に相手を追い込める道具ツールに成り下がってしまった……情報社会が抱える弊害だった。

 その手段を意図的に、明確な意思を持って駆使する者がいる。それが『ブギーマン』だった。

 対象の過去から現在に至るまで、様々な悪事を大小問わず洗い浚い調べ上げて確実に・・・、相手を社会的に殺す。

 その存在は裏社会だけでなく、表社会にも噂されている……




「……新入りの殺し屋じゃん」

「新入り言うなっ!」

 しかし、現在いまの情報社会だからこそ、できる手段であるのは間違いない。ネットワークもない時代では、ただの虚言ホラきで終わってしまうだろう。

 だから歴史も何もあったもんじゃないとは、秋濱もすぐに気付いてしまった。だから夏堀に、そう漏らしたのだ。

「しかも、その一人って……」

「ちなみに夏堀さん、ただの使いっ走りだからね」

「抽冬も余計なこと言わないっ!」

 予約の段階で、今日来る相手の情報は多少なりとも入っていた。夏堀もまた堂々と名乗っていたので、話していいのかと抽冬は漏らしたのだが……どうやら『余計なこと』だったらしい。

「そもそも今日来たのだって、これから・・・・仕事をする為の、下準備みたいなものでしょう?」

「え、これから・・・・……?」

 秋濱が抽冬の方を向いて問い掛けるものの、それに答えたのは、隣に腰掛けた夏堀の方だった。

「……今は開店準備の真っ最中なのよ」

 スーツの内ポケットから封筒を取り出してカウンターの上に置き、スッと抽冬の前に差し出しながら、夏堀はそう言った。

「だから今日は……私が代表して、その挨拶に来たってわけ」

「そういうことね……」

「……でも実力は、さっき話した・・・通りよ」

 事前に、抽冬や秋濱の存在を知った上で、夏堀は入店してきた。

 いくら本業があり、かつ偽名を使っていなかったとはいえ……その時点で、自分の情報収集能力を証明してみせたのだ。それだけでも、十分に脅威足りえた。

 しかも、警戒すべきはそれだけではない。

「他に何人・・いるのやら……」

 抽冬がぼやくこと、それ自体が答えであった。

 抽冬自身が言っていた通り、夏堀は『ただの使いっ走り』でしかない。つまり、彼女に危害を加えたところで……『ブギーマン』には何の痛手にもならないのだ。

 手を出すだけ不利に働き、しかも報復は必ず来る。そんな殺し屋存在に喧嘩を売ること自体、自殺行為に過ぎなかった。

「あれ? ということは……都市伝説例の噂は何なわけ?」

「情報だけ先に流しておいたのよ。宣伝も兼ねて」

「宣伝……」

 カウンターに並んで腰掛ける二人の話を聞き、抽冬は背を向けて受話器を取りながら……どこか呆れたように、そう漏らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る