003-2 夏堀 恵

「ほら私よ私、中学で一緒だった!」

『え…………?』

 そして二人して、階段の途中から駆け降りて来た女性を見やるものの……抽冬にも秋濱にも、心当たりが全くない。

「中学……」

「……一緒?」

 秋濱が、抽冬のバーに通い詰めになっているのには、実は理由がある。


 ……二人が、中学時代の同級生だったからだ。


 当時は交流がなかった上に、再会した際も珍しい名字でどうにか判別できた位だ。だから『一人称』だけでは、彼女が誰かを知ることは難しい。

「まず落ち着いて。お互い十年、下手したら二十年も会ってなかったんだから分かるわけ……」

「……あ、思い出した」

 女性はカウンターを挟んで、抽冬に詰め寄ってくる。その彼女に対して、横で見ていた秋濱はふと、思い出したように言葉を漏らしてきた。

「もしかして……夏堀なつぼりさん?」

「そうよ! 夏堀めぐみよ……ようやく思い出した?」

 その名前を聞き、抽冬もまた記憶を取り戻した。

「ああ! 夏堀さんか…………え?」

 抽冬が疑問に思うのも、仕方がない。

 当時の彼女、夏堀は今のようなビジネスできるウーマンではなく……見た目はリア充な中学生マゴギャルだったのだから。

「秋濱……なんで分かったの?」

「いや、俺や抽冬の名前が同時に出たから……」

「…………あ~」

 秋濱の言葉を聞き、抽冬は思わず納得してしまう。

 中学時代に付き合いはなくとも、『春夏秋冬』の名字が揃っていたので、互いに存在だけは意識していた。

 その『夏』に該当していたのが、クラスのギャルこと夏堀だったのだ。

「にしても……秋濱が客なのはともかく、何で抽冬がバーテンやってんのよ?」

ここ・・の雇われ店長だから」

 一瞬、抽冬は夏堀が予約の人物とは違うのではないかと考えた。

 偶々立ち寄った店に中学時代の同級生が揃っていた。それで思わず声を出してしまったと考えれば、辻褄が……

「…………あれ?」

 辻褄が……合わない点がある。

「ところで……」

 先に気付いたのか、抽冬よりも早く、秋濱が夏堀に問い掛けていた。

「何ですぐ……俺達のこと思い出せたの? まだ名前も・・・出していないのに」

 そう、『どこか見覚えがあるな……』と思いつつ自己紹介した結果、互いに中学時代の同級生だと判明したのだ。見かけだけで判断できる程、時の流れは生易しいものではない。

 ……なのに、夏堀は違った。

 抽冬と秋濱の顔を、いやそこに・・・人が・・いる・・と気付いた時点で、声を出していたような……

「ああ……やっぱり分かっちゃう?」

「……事前に・・・知っていた、ってこと?」

 抽冬からの問い掛けに、夏堀は静かに頷く。

「改めまして……私は夏堀恵、」

 抽冬と秋濱を前にして、夏堀は自らの胸に手を当てて、その素性を明かした。


「社会的な暗殺を専門とした殺し屋、『ブギーマン』の一人よ」

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