002-6 桧山 弥咲

「もうちょっと待っててね~、すぐにできるから~」

「は~い……」

 収穫された根野菜の入っていたプランター内の土をならしながら、抽冬は台所から聞こえてきた桧山にそう答えた。近くに置いてあるメモ帳に、次に植えようと考えている野菜の種を書き込んでから、家庭菜園用の部屋を後にする。

「しかし、意外と慣れるものなんだなぁ……」

 オーナーに拾われる前は、昼勤の生活を送っていた。

 一時的なものだと、いつかは表社会に戻ると、最初こそは考えていたのだが……抽冬にとっては思いの外、裏社会の生活は馴染みやすかったらしい。


 すでに……自分の・・・手が・・汚れて・・・いた・・から、なのかもしれないが。




「ごちそうさま」

「はい、おそまつさま」

 下着エプロン姿の桧山が先回りして用意した食を食べ終えた抽冬は、空になった食器を自分の物と重ね、そのまま台所へと運んでいく。その背中を眺めながら、何ともなしに話し掛ける。

「いつも思うけどさ……」

「な~に~……」

 食後のお茶を一口飲み、抽冬は続けた。

「……なんで俺なわけ? もうちょいましな男なんて、他にいくらでもいるでしょう?」

「なんとなくで人生削ってた女には、丁度いいと思うけど?」

 それに、と桧山は流し台の水道を止めると、自らのショートボブを揺らしながら抽冬の前に立った。


の人生台無しにしてくれた元彼連中、潰したのはあなたでしょう?」


「何のことやら……」

 抽冬は溜息を一つ吐くと、静かに横を向いた。しかし、桧山の推測は当たっている。

 もう行く当てのない彼女の為に偽造された新しい身分桧山弥咲の戸籍を購入した抽冬だがそれは、彼自身の収入からは支払われていなかった。

 偶々、桧山の元彼連中を潰して稼げる方法を教わったから、それを実行しただけに過ぎない。元金と身分戸籍代を合わせても、抽冬には利益の方が大きかった。

 だから抽冬は実行して、ちょっとした臨時収入を得た。目の前にいる彼女が『桧山弥咲』になったのは、ただのついでに過ぎない。

 抽冬が恩着せがましくしないのも、それが一番の理由だった。

 しかし、抽冬がそう考えていたとしても、桧山が同じように考えているとは限らない。

「そんな性格だからあなた、結構モテてるでしょう……気付いていないの?」

「俺って、モテてるのかなぁ……」

 たしかに、女性の知り合いは多いが……元は仕事の付き合いが多い。その延長で知人・友人になる程度であれば、誰でもできるのではないかと、抽冬は考えていた。

 しかし、桧山は抽冬の鼻先に人差し指を押し当て、共に言い放った。


「じゃなきゃ……バツイチの元AV女優が、こんなに必死になって、あなたを口説こうとはしないわよ」


 指で押され、揺れた頭を自身で軽く動かしてから、抽冬は頭を掻きつつ立ち上がった。

「まあ……好きにしてくれ」

「最初からそうしてるじゃない」

 このまま襲ってやろうかと、指をワキワキさせている桧山を押し退け、抽冬は家庭菜園部屋に入った。

「収穫したら、もう行くから」

「……行ってらっしゃい」

 少し憮然とする桧山に、ふと抽冬は気になったことを聞いてみた。

「そういえば……なんで俺が、元彼連中潰したと思ってるの?」

「そのアイディアを出してくれた人から聞いたのよ。前にお店を手伝った時に」

 ……ちなみにそれが、桧山がパート勤めに甘んじている理由だったりする。

「だから言い逃れはできないわよ?」

「…………」

 なので抽冬は、口を堅く閉ざすことにした。

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