002-5 桧山 弥咲

「ただいま~……」

 抽冬と同じように、静かに玄関を開けて中へと入る桧山。

 今も抽冬は自室で、一人寝ていることだろう。桧山はパート先でついでに購入してきた食材を片手に、廊下側を通って台所へと向かっていく。

「今日は何にしようかしら……」

 夕食の献立を考えながら、買い込んだ食材を片付けている中、ふと桧山の耳に微かな音が入り込んできた。

「…………ん?」

 休憩込みで約九時間。パートとはいえ、通常の社会人と同様の勤務時間で、桧山は働いていた。だから朝方に出勤したとしても、帰宅は夕方になってしまう。平均的な睡眠時間を優に凌駕しているのだ。なので抽冬が起きた可能性もある。

 少しだけ、じっと待ってみたものの……それ以上の音はしてこない。どうやら気のせいか、寝返りを打っただけだろう。

「……大丈夫そうね」

 夕食の準備は後回しにして、先にやるべきことがある。

 食材を片付け終えた桧山は、リビングにあるソファに身に着けていた服を一枚、また一枚と脱ぎ……最後には秘所を覆っていた下着ショーツすら脱ぎ捨てて、全裸へと。

「さて……抜いてくるか」

 精巣内の精子にもまた、鮮度というものがある。

 定期的に古い精子を吐き出しておかなければ、将来子供を産む上では不利に働きやすい。抽冬との子供が欲しい桧山にとって、その状況は看過できなかった。自分の知らないところで他の女に手を出しているのであれば(着床さえさせてなければ)まだいいのだが、ここ最近は性欲よりも、疲労や倦怠感の方が上回っている印象の方が強い。

 だから今日もまた、桧山は抽冬の部屋に勝手に入り……


「いただきます……」


 ……寝たままの彼に射精を促すのであった。




「もしかして……これが疲労の原因?」

 思っていたよりも遅く目覚めた抽冬の眼に入り込んできたのは、掛け布団と寝間着を剥いで晒された下半身の間に俯せになっている、桧山の頭だった。

「……とりあえずもう止めて」

「あぅっ!?」

 指で素っ裸になっている桧山の額を押し退けてから、抽冬はベッドから起き上がった。

 すでに肉体関係もある以上、夜這いを受けるのは構わないのだが……仕事前に、無暗に色事を交えられるのは勘弁願いたい。

 まだ挿入にまでは至っていないようだが……もう抽冬には、そんな気分は残っていない。

「あなた……性欲が落ちている自覚、ある?」

「疲れているだけだって。後昼夜逆転しているから、どっちかの仕事に影響あったらまずいし」

「もう、責任感強いんだから……」

 自分はもう仕事を終えているからか、桧山はベッドの上で頬杖を付きながら寝転がり、惜しげもなく裸体を晒してくる。

 抽冬もまた男だ。それを見て性欲が生まれてくるものの……その欲望にはどこか、仄暗いものが混じり込んでいく。

「……次の休みはいつ?」

「明日」

 桧山に誘導されている、しかし性欲を発散させないと気分が悪い。

(帰ったら……うん、その時に考えよう)

 抽冬は溜息を一つ吐いてから、仕事の為に身支度を整え出した。

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