002-2 桧山 弥咲

 抽冬と桧山の関係を簡潔に言えば、単なる『事実婚』である。

 ただ、抽冬から桧山を口説いたわけではない。向こうから勝手に同棲して、そのまま女房面をしているに過ぎなかった。

 そもそも抽冬は、理由もなく隠しごとをする性格ではない。桧山もまた面倒な過去の背景があるとはいえ、裏社会に関わる程ではなかった。部屋に転がり込んで来て早々に事情を説明したものの、彼女が出ていく気配は未だにない。

 それでも、これだけ同居生活が続いているのは、何だかんだ二人の馬が合っているからだろう。少なくとも抽冬は、そう考えるようにしていた。

「別に片付けなくてもいいのに……」

「私が気になるのよ」

 抽冬が散らかした座卓の上を片付ける桧山。放っといても自分で片付けるのは分かっているものの、それでも、彼女の手が止まることはない。

「ところでご飯、どうするの?」

「先に風呂入ってから、適当に食う・・よ」

「そう……何が食べたい・・・・?」

 基本的に、抽冬は物事を『一人で片付ける』ようにしている。その考えを、桧山との同居生活が長くなっているにも関わらず、未だに改めてはいない。

 人任せの考えに慣れきって、全てを台無しにする者を何人も見てきた。

 だから……基本は一人で片付けて、無理そうならば人を雇う。それが、人付き合いの不器用な抽冬が編み出しだ処世術であり、人生の鉄則だった。

「色々摘まんでいたから……軽めで、あっさりしたもの」

「了解、お風呂から出るまでに作っておくわね」

 だから……抽冬は未だに、桧山との同居生活には慣れても、馴染めずにいた。




「はい、はい……分かりました。では」

「オーナーさん?」

「うん……掃除・・が終わったから、今日も普通に開けろって」

 付き合いも長く、かつ相手が年下とはいえ……抽冬からすれば、『雇う側』の人間は皆、上の立場に思えてしまってならない。だから余計な気を使い過ぎ、半日上がりになったとしても無駄な疲労感を纏ってしまう。

 抽冬は鯛茶漬けの残りを掻き込んでから、最後に残していた茄子(家庭菜園産)のおひたしを口に放り込んだ。

「ごちそうさま」

「はい、おそまつさま」

 そして抽冬が動く前に、桧山は空いた食器を回収し、流し台へと運んでいく。彼女も同様に朝食を摂っていたのだが、すでに終わらせて片付けていた。

 まとめて食器を洗う桧山を一瞥してから抽冬は立ち上がり、この部屋の間取りでいうと一番奥……家庭菜園に用いている一画へと向かった。

「家庭菜園片付けてから、もう寝るわ」

「分かった。今日はパートがあるけど、あなたが起きる頃には帰ってくるから」

「了解、ふぁぁ……」

 昼夜逆転生活の為、抽冬にとってはそろそろ就寝時間だ。

 手早く片付けて寝床に飛び込もうと、抽冬は足早に去って行く。

「ところで……私はいらない?」

「いらない」

 肉体関係はあるものの、今の抽冬は性欲よりも睡眠欲が勝っている。

「……また・・寝てる時に抜いとくか」

 だから桧山のそんな呟きを、抽冬は聞き流してしまっていた。もし聞き留めていれば、多少とはいえ疲労困憊の原因の一つを取り除けていたというのに。

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