002-1 桧山 弥咲

「まだ、陽も昇っていないか……」

 店の施錠を確認してから、抽冬はビルの横手へと回りながら、そう呟いた。

 ビルの中にもエレベーターはあるが、非常階段から上がって行く方が早く帰れるからだ。

(というか……ほぼ、半休だな)

 早めに店を閉めた為、半端に時間が空いてしまっている。

 予定通りに帰宅していれば、今の時期ならば丁度日の出の時間と被っていた。それを眺めながらビルの階段を上るのが、抽冬のここ最近の楽しみだったりする。

(時間もあるし……のんびりするかな)

 二階の自室の鍵を開け、静かに・・・中へと入って行く。

「ただいま~……」

 同居人を起こさないよう、抽冬は扉を閉めて再び施錠。靴を脱いで部屋に上がると、そのまま奥へと向かった。

(せっかく時間ができたし、どうするかな……?)

 とりあえずとばかりに抽冬は台所へ移動、冷蔵庫の中を覗き込んだ。つまみになりそうなものを適当に取り出してから、扉を静かに閉める。

(とりあえず……晩酌でもしてよう)

 バーでも読んでいたライトノベル片手に、安い発泡酒の缶を飲みながら時間を潰そうと、リビングのソファにゆっくりと腰掛けた。

「ふぅ……」

 抽冬が静かに晩酌をして、同居人が寝ている間も……バー(のさらに地下)の方では、死体の処理で人の出入りが目立たずかつ激しくなっていることだろう。

(俺も、慣れたもんだよな……)

 最初の内は、死体と関わる今の仕事に馴染むなんて思えなかったが、人間、同じことを繰り返していく内に慣れていくらしい。

 ライトノベルみたいな空想に直に関わるようになったものの、それでも抽冬は、読書を辞められなかった。


 現実を知るからこそ、より空想を楽しめるのかもしれないと、抽冬はそう考えている。




(…………ん?)

 気が付けば、外から明るさが漏れ出てきていた。どうやらもう、夜明けの時間らしい。

「もう、こんな時間か……」

 丁度読み終わったライトノベルを閉じ、発泡酒の缶やつまみの並んでいた皿の横に置いた抽冬は、固まった身体を解しながら立ち上がった。

(もう少ししたら、風呂に入るか……)

 その前に、と抽冬は煙草を持って、ベランダへと出た。

 角部屋の為、狭いが東側の空も眺められる。ベランダに置いたままのキャンピングチェアを組み立ててから、抽冬はその上に腰掛けた。

 同居人が喫煙者ではないこともあるが、抽冬もまた、部屋に匂いが付くのは嫌だった。なので基本的に店か、ベランダでしか吸わないようにしている。ちなみに外の喫煙所は、服が煙草臭くなるので近付こうともしていない。


 ――……シュボッ!


「…………ふぅ」

 マッチで点けた火で、煙草を燻らせる抽冬。

 視線は薄明に照らされだした夜空の方を向き、のんびりと陽が昇る様子を眺めていると……煙が入らないように閉めていた、ベランダのガラス戸が開く音がした。

「……あれ、帰ってたの?」

「うん……今日は早上がり」

 煙草の火を灰皿で消した後、抽冬は振り返り……同居人の桧山ひやま弥咲みさきに対して、そう答えた。

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