001-5 秋濱 敏行

 ごろつき達がエレベーターの中に消えると同時に、秋濱は灰皿に煙草を押し付けて、火を消した。

「お勘定……」

「三千円」

「……いつも適当だな」

 ビール二杯に料理一皿、計三点で三千円。注文有りなのでテーブルチャージ無し。抽冬の適当会計に、秋濱も財布から抜いた代金を適当に置いて返した。

「だから『バーテン』なんだって。ところで……今日はもう上がるのか?」

「……これ以上は無理だろ」

 しかし手遅れだった。


『ぎゃあああああああ…………!?!?!?!?』


 階段裏のエレベーターは、たしかに下へと続いている。しかし、そこがオーナーの隠し工房作業場に繋がっているとは、抽冬は一言も・・・言っていない。

「さすがに断末魔を聞き続けてまで、飲みたくはない……」

「それは、……たしかに」

 置かれた代金を手に取り、数える抽冬に秋濱は背を向けた。

「どうせ依頼される気はするけど……待たなくていいの?」

「俺は個人契約のインストラクターで……」

 気が付けば、悲鳴は止んでいた。


「……ただの『掃除屋』の使いパシリだ。清掃員じゃない」


 そう言い残してから、秋濱は店を出て行った。




 秋濱敏行という男は、オーナーの昔馴染みの『掃除屋・・・』の個人インストラクターを引き受けていた。

 しかし、その『掃除屋』は文字通り、清掃業者という意味ではない。あらゆる行動の、犯罪の痕跡を消し去ることを生業としている。

 無論……そこに残された死体も含めて。

 オーナーの昔馴染みもまた、その『掃除屋』の一つとして働いていた。今日、秋濱が抽冬の雇い主オーナーに届けた依頼料も、その仕事に起因している。

 死体の痕跡を消す為に、必要な物・・・・があるからだ。

「……さて」

 秋濱やごろつき共がいなくなった店内を、抽冬は清掃し始めた。

「死体まで、片付ける羽目にならなければいいけど……」

 階段裏に隠されたエレベーターの先には、オーナーの趣味で仕掛けられた罠が大量にある。加減すれば殺さずに済まされるかもしれないが……抽冬は、事前に・・・連絡しなかった。

「……っと、と」

 そして鳴らされる内線の受信音。抽冬は布巾を置くと、慌てて受話器を取った。

「はい……はい、はい……」

 別に、オーナーに連絡もなく、不審者をエレベーター乗せ掛けたことは責められることではない。元々は敵対者対策として、用意された罠の一つでしかないからだ。

 だから電話の内容は、抽冬を責め立てる為のものではない。

「はい、分かりました……お疲れ様でした」

 ……死体処分の為に『掃除屋』が来るので、『店を早仕舞いしろ』という指示を出す為のものだった。

 抽冬は手早く片付けを済ませ、帰り支度へと取り掛かっていく。

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