001-4 秋濱 敏行

 ――……コトッ

「はいお待たせ。ベーコンとほうれん草のソテーです」

「…………」

 カウンターの上に置かれる、出来上がったばかりの料理が盛られた皿と箸。それに無言で手を合わせてから、秋濱は黙ってソテーを口に入れていく。

 陽気な表情を浮かべているわけではないものの、それでも味に満足しているのか、秋濱は抽冬の作った料理に対して、箸を止める気配がない。

 ビールも新しいグラスに交換してから、抽冬は調理中に片付けていた椅子を再び引っ張り出し、そのまま腰掛けた。

 しばらくは料理に舌鼓を打つだろうと思い、抽冬は秋濱が来る前に読んでいた本を取り、再びページを捲り出した。

「……何を読んでるんだ?」

「ライトノベル」

 会話終了。

 しばらくは抽冬がページを捲る音と、秋濱がソテーとビールを片付ける咀嚼音が店の中に響いてくる。

 やがて、食事を終えた秋濱は再び手を合わせ、未だに本を読んでいる抽冬の方を向いた。

「いつもこうだと、暇じゃないか?」

「別に暇でもいいからね……」

 結局のところ、抽冬の仕事は基本的に、オーナーありきだった。

 仕事があればその受付担当を引き受け、なければ普通のバーとして、やる気のない『バーテン』を演じればいい。

 そこに客の来る来ないは関係ない……が、今日は秋濱以外にも、扉を開ける者が居た。

「……他にも来客の予定が?」

「予約は無いはずだけど……」

 再び店内に響く扉の開閉音。抽冬は本を閉じ、椅子から立ち上がって階段の上に視線を向ける。

「おいおい、こんな所に店があったとはなぁ」

「いいじゃねえか、いいじゃねえか」

「はっはっはぁ……」

 見るからに、そこらのごろつきだった。

「……いらっしゃい」

「おうおう、随分陰気臭い連中が揃っているじゃねえか!」

 俺は関係ない……と小さく漏れ出た声が、抽冬の耳に入り込んでくる。

 カウンターの上で新しい煙草を咥える秋濱の隣に三人並び、抽冬へと威嚇してくるごろつき達。

「丁度いいからよ。ここを俺達の縄張りやさにしようと思うんだが……どう思うよ?」

 通常であれば、台詞は二種類しかない。

 受け入れるのであれば『みかじめ料はいくら?』、断るのであれば『おととい来やがれ』、と。

 しかし、ごろつき共が相対するのは所詮、ただの雇われ『バーテン』に過ぎない。

 なので……返答はこうなる。

「俺はただの雇われなので……その辺りはオーナーに聞いて下さい」

 そして示される、店に入っただけでは分からない階段裏のエレベーター。それを見たごろつき達は、ニタニタと下卑た眼差しを抽冬に向けてから、そのまま・・・・へと降りて行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る