001-2 秋濱 敏行

 秋濱という男は、普段はジムのインストラクターとして働いている。

 ただし契約社員という立場もあり、収入はそこまでいい方ではない。だから副業として、個人でのインストラクターも引き受けているのだが……その相手が悪かった。

 簡潔に言えば『裏社会の住人』であり、かつオーナーの昔馴染みでもあった。

 だからかどうかは分からない上に、抽冬は秋濱の雇い主がどんな仕事をしているのかまでは知らない。

 ……が、その雇い主がオーナーに依頼する頻度も多いので、彼はよくこの店に来る。

 それだけならばいいのだが……抽冬から見て、秋濱という男は、『他の飲み屋への入り方』を知らないのではないかと考えていた。実際、このバーに普通に飲みに来ることも多いのだが、適当な営業時間にも関わらず、開店まで近くで待っていた前科こともあったのだ。

 当時扉を開けた目の前に秋濱が立っていた時等、驚愕で階段から転げ落ちていたかもしれないと、抽冬は今でも考えている。

 それでも、今日の彼は予約・・を入れた立派な客だ。相応の対応をしなければいけないと、抽冬は意識を改めた。

「ご注文は?」

「とりあえず、先に仕事を……」

 秋濱は背負っていたリュックを降ろし、中にある封筒を取り出して、カウンターの上に置いた。

「これ、俺の雇い主から……」

「……たしかに」

 抽冬は封筒を持ち上げると、酒瓶の並ぶ棚の隙間に、見えないように隠されている小さな扉の元へと運んだ。その扉は小荷物専用昇降機のもので、そこに依頼料や注文品を入れて受け渡しを行っている。

 今回は秋濱の雇い主からの依頼で、依頼料の振込・・が来店の目的だった。

 抽冬は扉を開けて、中に封筒を入れてから再び閉じた。そして近くの受話器を取ると、内線で電話を入れた。

「……あ、オーナー。これから予定の依頼料封筒を送ります。確認して下さい」

 そして受話器を当てたまま、抽冬は昇降機を操作し、さらに下の階にあるオーナーの隠し工房作業場へと封筒を送り込んだ。後はオーナーが中身を確認し、その旨を返してくれれば、今日の秋濱の用事が終わる。

「……はい、分かりました。そう伝えます」

 抽冬は受話器を置き、カウンター席に着いている秋濱に伝えた。

「オーナーが依頼料を確認した。これから仕事に入る旨を、そっちの依頼主に連絡するらしい」

「分かった。じゃあ……」

 ここはバーだが、それは隠れ蓑に過ぎない。オーナーの仕事の受付担当が、本来の業務だ。だからそのまま帰られても、何ら不思議ではないのだが……


「……ビール。あと灰皿と、何かつまみも」


 ……秋濱は、そう注文を入れてから、取り出した煙草とライターをカウンターの上に置いた。

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