第23話
竜に心臓を引き裂かれたような気分だった。
あのアリちゃんから絶縁宣言を叩きつけられてしまった。
わたしは、この病気に正確にはその音を響かせぬ鐘楼の塔へと走った。てっぺんじゃない。
途中にその人はいる。
「わたしから、奪って」
今日は穏やかな晴れの日。キチョウが飛んでいる。
「君から奪うのは、何度目だっけ」
「なんですって?」
「自分がいくつかわかってる?」
「ハタチ」
「それは良かった、覚えてたね。じゃあ。」
嫌らしくわらう、青年は
「これで、何回、きみはぼくに奪われる?」
何回?そんなの、そんなの。
「はじめて、じゃ、ない、……」
「世間の目が冷たかったんだろう?よく覚えてる。でも愛されてもいた。珍しいから」
「やめてっ」
「そうだね、思い出すのに邪魔だ」
気づけばアリアちゃんもこの鐘楼守りのいる塔へとやってきていた。
「雪衣ちゃん、きづいて。お願い」
なにに?
「こたえは、意地悪することない。正直に直球で言おう」
アリアちゃん、貴女はいくつなの?
「ここにきた時の君は、14歳。その後すぐに15歳になった。新しい土地でいたたまれなくて、塔のてっぺんを、目指したお姫様はなんでも奪ってくれる悪魔のような非力な男に頼み事をした。男は面白いのでそのままそれを奪った」
わたしがなくしたもの、わたしが奪われたもの。
「『いますぐにでも変わりたい』」
わたし、わたしは、この中二病棟で何歳で、本当は何年ここにいて。
「ねえ、わたしは、いくつ?」
「こわれてしまった人間のような質問だけれど何もかんがえられないだけだね」
青年は組んでいた長い足を組み替えた。
「あまりいじめないでください。わたしも同じような願いを抱いて、貴方に、なんというのでしょう。何月の間の自我を奪われた。ただ記憶だけがある。まるで、映写機やプロジェクターに映されたような」
青年は首を傾げる。
「アリア、一緒に行った博物館、写真撮影オーケーで楽しかったね。でもね。あとで空虚な気持ちになった。楽しいから、感動したから、本当に何枚も写真に展示物や空間アートを収めて、観て楽しんで帰ってきたつもりなのに、いざ日記にそのことを書こうとすると、有耶無耶、この言葉はしっくりくる。
どこの何に感動したのか、君が契約してくれたスマートフォンで撮ったカメラ機能での写真の方が鮮明で羅列で。そのうち無感動になってしまう」
つまり
「つまりどういうことが言いたいのでしょう?鐘楼守りよ」
アリアが静かに問いかける。
「もう、奪わなくていいんじゃないか」
アリアが動揺する。
「どちらに行かれる気ですか?」
「どこにも。ただ、そこの綺雪ちゃんとい、いよいくんか、その2人の願い」
心底疲れて項垂れている青年に、アリアはせめて名前をつけたいと思っていたが、たいせつなそんざいなので、複雑な感情の下、名前がつけられなかった。
「ぼくのちからは、まやかしだと思うかい?」
「わかりません。ただ、いっさいが、過ぎて行きました。そこに、あの少年が現れた」
「そっか」
青年は椅子に座りながら足を投げ出す。
「ぼくはね、マリアに恋してた。でもぼくは中二病じゃない。本物の生きた怪異だ。だから桜人の仲間にしてほしい。まあ、こんな大人じゃ隔離病棟かな。一般に行けるかな。ああ、そもそも、もう」
だれのなにも奪えない。
「なぜです?」アリアが動揺した。初めて聞く言葉ともしかしたら、奪われたものが戻るのではないかという期待。
「恋をしたら力が消える、なんてロマンチックなことがあったとする。でも、失恋しても、力が消える、というロマンチックがあってもおかしくない」
名もなき鐘楼守りの青年は、この少し高い位置にある鐘楼と、外を見る窓からみられる桜の木のマリアに、恋をしていた。決して見えないのに。ただ、その声だけは聞こえていた。
〈お母さんも、昔、中二病だったの〉
現れるはずのないものを待つ、邪悪なものを一身に背負い封じる姿。
こんな可憐な声の持ち主が中二病!しかも母親!最初は情報の少なさと、深夜0時にだけ聞こえる声に震えたけれど、ある日鐘楼の塔から降りて、桜の木に話しかけてみた。
「なにか奪ってほしいものはありますか?」
〈かなしみ、こどもへの心配、この世に現れられない不条理、みずからの命、わたしはわたしはわたしはわたしは〉
「ぜんぶ叶えます。いや、叶えるんじゃなかった。全部奪います。だから、ぼくを愛して、鐘の音だけでもここでずっと聞いていてください」
鐘楼守りはいとしい女の後悔を奪い、自分の音へと結んだ。
「さて、そこから先は、宵くんが美しい母上をその身に宿すようにマリアさんのいない人生を奪うようにきたわけだけど見返りとかそういうの、ぼくは設定できる怪異じゃないから。ぜんぶ言葉の産物。さて、綺雪、雪衣ちゃん。きみは何度奪われたいんだい?
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