第22話

「ひとり巣立ったね。アリアちゃん。」

「雪衣ちゃんも申請すれば通ると思うよ。任意入院だもん」

「みんなどんな感じ。紅鶴さんはいつも通り。憂兎(ういう)は急にマリアが消えてむしろ怖がってる。海香は火が出せなくなって残念がってた」

他のみんなもそれぞれだよ、と親友の言葉を聞く。

「わたしたちが奪われたものはなんだったけ」

「それは……」わたしの問いかけに、北の大地から〝派遣〟されてきた親友は意気消沈する。

「精神と年月、かな、強いて言えば」

強い口調で、険しい顔、唾棄するような。


わたしたちはあの土地を逃げた。

わたしは中二病の為。アリアちゃんは理想のため。

「アリちゃんの理想は叶ってないと思うんだよね。って言ったら怒る?」

「うん。怒る」

「ああ、ごめん。でも、わたしに派遣されたりしてるじゃん」

「そんなふうには思ってないよ。ここお給料まあまあで3分の1ちゃんと貯金できるし」

「そこが職員と患者の違いだー!」

わたしはソファにつっぷした。

クッションを抱きしめたいけれど、人様に自分のクッションやソファをいいようにされるのは嫌だろうと思い、我慢する。

「宵君はね、父親が事故で亡くなって、お母さん、たぶんマリアさんは自らいのちを絶とうとしたんだよ」

「……おもいよ。ていうか、マリアさんか。そうだね。衣宵のお母さん、かも?」

「そこら辺が曖昧なんだよ。宵くんを産んだ時、既にまあ、マリアさんとする。マリアさんは病気で前後不覚で子供は慈しむけれど、ひとりで育てられる状態じゃなかったらしい。そもそも、そうなってしまったのは夫の死が関わっているらしい。施設の人が気づかないところでお風呂場で溺れようとしてたって」

「……風呂場」

「どうしたの?……ああ」

あれはどうかと思ったよ、と親友。

「いたい、って言ってたな。沈んだ顔で」

「?怪我の報告は無かったし、その、雪衣ちゃん、ちょっと衣宵くんの体見ちゃったんでしょ?」

すんなりと、反省する。

「真冬のさ、寒い日に、お風呂に入るとさ、温かいとか、熱いを通り越して、痛い、って思ったことない?手足が」

「……あるね」

それだけ冷えていた、痩せていた、びっしゃりと濡れた白いシャツと黒いズボンの、マリアと共に巣立った少年。

「雪衣ちゃん」

きょうはやけに名前で呼んでくる。

「アリちゃんが、アリアで良かったよ。おばあちゃんと同じ名前だしね」

「雪衣ちゃんちの亡くなった叔父様の名前も素敵だよね。奏でるに鳴るに多いで、奏鳴多(そなた)!独唱とか、そういうのと合わせたのかな」

「おじいちゃんがピアノを弾く人だったからね」

「叔父様はさ、若くして癌で亡くなったんだっけ」

「おじいちゃんも頑張ってくれたよ」

「悪霊だと思う?自分の曾祖父さんのこと」

「恐ろしい所業をやったとは聞いてるよ」

「マリアさんは」

アリアちゃんは一呼吸おいて言う。

「衣宵くんのなんだと思う?」

「死神じゃなきゃいいよ。それより、鐘楼守りになにか要求されなかったか心配。何も言わずに出て行ったよね。そこは」

「……ねえ、雪行、綺雪、雪衣ちゃん。本当にこのままでいいの?」

きょとんとする、自分がいる。

「それはアリちゃんも同じ」

「ちがうよ。わたしは資格も取れたし、あの街から出られたし、お金も貯められる。帰れとは絶対言わないよ。中二病だって、体の衣服が変幻自在に、動かせるとか、セルティとかとは違うけど。雪衣ちゃんがこの5年間、見てきたものをなるべく一緒に見てきたよ。でもね」

でもね?

「何か積み重なったかな?イベントに行けた?コラボ温泉やコラボホテルは?オタク活動、楽しいよ?わたし、雪衣ちゃんのいないところで別の友達や職員と情報も経験も共有してる。まえから行ってみたかったバーで友達とカクテルも頼んで飲んだ。博物館の展示も、美術館も観に行ってる。ぜんぶオタ活だけど。でもね」

そう、でもね。

でもね。

「雪衣ちゃんにはこの先付き合ってられない」

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