第19話

「ぼくには名前がないんだ」

雨風に吹かれる、目の前の青年は翳った瞳を少年に容赦なく向ける。

「なぜですか。そして、願いは叶うのでしょう?」

衣宵はそれに縋っていた。

「親がね、」

衣宵が緊張を走らせる。

「名前どころかぼくが存在することすら、紙面ですら証明、記載してくれなかった。だから、隠れているわけでもないのに。衣宵。君は明るいところを歩きたいとは思わない?」

「思いません。明るい場所ってなんですか?世間?」

目前の青年の事情も分からずに笑ってしまう。

「父は事故で死んで、母も世を儚んだ。それでも、母は命だけは繋いでいるんです。でも、ぼくはその母を知らない。おかしな妄想と幻覚を見る中二病だったって」

「それはもう幻想の中で生きている妖精のようなひとだね」

「母は妖精でも女神でもない!ただの、死にたがってしまったひとりの少女のような、大人だ!」

会ったことがない。

衣宵。

宵(ショウ)が生まれた時から彼女は。

ずっと妄想と幻覚のベール(衣)に包まれた夜空に現れた宵の明星だった。

「ぼくの幸福を奪ってください。幸せではなくなれば、ぼくは、あの桜の木の母に会える気がする!」

「きみはいくつかな」

「14です」

「気に入らないな」

青年が興味を失った目で表情は口元をつんとして蔑んだ。

「その歳で、おのれの幸福が測れないのか」

興醒めだった。青年は椅子にもたれながら頬杖をついて不遜極まりないけれど、名前を持たず、人の持つ何かを奪う彼には、それだけで不幸せなことだった。

「どうして不幸せを奪ってもらおうと思わない?苦手な里親も、ここの環境も、きみの眠り姫のお母さんだってやれ妖精だ幽霊だ女神だ、そしてやっぱり眠り姫だなんて言われないだろうに」

「不幸な方が、逆境な気がするからです」

「マイナスから始めることはないんじゃない?ぼくには学がない。けど、マイナスが穴を掘ったくぼみで、そこから数字や土を足しいかなければプラスになることはないことはわかるよ。きみ、もしかして」


じぶんも幽霊みたいだと思ってる?だとしたら、うんとイタイってやつなくらいきみは美少年で。残された君は子孫繁栄とかして生き抜いた方が


あの桜の木の幽霊、マリアに会えそうだね。

さようなら。14歳。もう何年か経てば、自分が美しいということに気づくだろう。もう気づいているのなら特別何をするでもない。

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