第3話
中二病。それは主に思春期に発症するが、中には幼いながらも自身には何かしらの能力があると思って、疑わない。
その振る舞いは身勝手なものから、人々、或いは自分自身にさえ怯え、私生活に影響を及ぼす事もある。
投薬により精神の不安・緊張を抑えるものもいれば、人を襲いかねないほど苛烈な患者は、中二病を専門に診る中二病棟のなかでも、三部屋しかないと言われる〈隔離部屋〉へと入れられる。
そんなことよりも。
私は美しい物語が好きだ。
とユキユは思う。手元には、昔読んだ本。西尾維新のクビキリサイクル。
美しくはない。タイトルの意味に気づいた時には、残酷なはずなのに、この作者は、なんだか子供も愛しい人もいないんじゃないかと思った。お風呂が苦手なヒロインには共感できなかったが。
ここも、月曜と水曜の午前と午後に入浴場が開放されるだけで、それ以外は希望があれば、これまた夢のような猫足のバスタブに、温めておかないとこれまた冷たいタイルの模様が素敵な洋風な個室入浴場がある。という、まあ。
不潔とは感じない。皆外に出られないし、出ても中庭だけ。脱走はできない。
出入りする看護師、作業療法士は皆鍵を持っていて、ベランダは絶対に施錠。食事を搬入してくる扉も当然、看護師自ら荷台を転がしてきて、複数人で施錠。
一階のベランダまで鍵を閉めるのは、何かの決まり事なのか。
そんな事を思ったのは、十五か十六の頃だったか。入所したばかりの頃。家庭環境が荒れていて、ストレスでろくに食事もできず、貧血で水を飲むのも吐き気がした。
そんな時、ユキユは思ってしまったのだ。
心の中に理想の、自分が男であったならの男性像を思い浮かべて名前をつけた。当時友達から借りて読んだLOVELESSという漫画の清明さん。男なら、もっと強く父と戦えたかもと。
清明さんとまだユキユでなかった頃の少女は、心の中で対話していき、男女の意見の擦り合わせから、男でも女でもない性、人のさが。新しい人格、或人(あると)が生まれた。
高校にも具合が悪くて行けず、家庭内では父親に、仕事の事で嫌なことがあった日には八つ当たりの家庭内いじめを受け。母は。
長くなる。
決して開かないベランダの日光。温まる。食堂でもありホールでもある場所で。まるで小さな、幼児たちが過ごす幼稚園の室内のような安心感が、懐かしいような。でもそんな場所で日向ぼっこした思い出はない。
「あったかい……」
日光は自律神経を整えるのにいい。
本で読んだ気がする。
もう大人となり、お金も気にせず点滴も受けられる。貧血でえずきそうな自分。いつ吐いてしまうか恐れて学校、電車、家庭で過ごしていた自分は、五年位前のこと。
もっとこの、日差しの中の私を包み込むように広がって、しかし窓の並びと日光の入り具合から段々と移動していかなければいけないような。
美術で習った教会のような建物の絵を思い出す。
アリアちゃんに話を聞いてもらおう。
ここの職員で、〈司令塔〉で、私の、親友。
ずっと仲良くできると、私だけが思っているかもしれない。
今日は、あの、白骨死体なんて思ってしまった子が入院してくる日。刑務所や少年院なら入所。でも、ここでも入所という言葉がたまに使われる。
家族との面会は別室で十分間。
私の能力は。
自身のこの今も日に当たっている黒い服が影のように、或いは黒の衣の波となり、人に巻き付いたり刃物のように操れる。
それが私。白い髪に中途半端に黒と赤の目を持つユキユの能力だ。
黒という色からこの青空を抜いたら、赤が残る。
嘘かもしれない。色の科学でそのようにあった気がするのだ。どこでそう思ったか。
あの子は何色が好きだろう。どんな喋り方だろう。
どうせ点滴を打って元気になったんだろう。
その途端食欲が湧いてその時がチャンス。ものを段階的に詰めて、鉄分ジュースでもサプリでも飲む。
成長して入所したユキユには懐かしい。
こんな思い出は、順序が逆だ。
あの、純粋そうな、青白かったびしょ濡れの少年は、すぐにここから出られるだろう。直感がある。
あの子が去ってしまう日に、こんな物思いに耽ればよかった。
ただいつだって、思い出していた。
家庭内を。自分の誇らしい能力を。
生み出した慰めの別人格たちは、消えてしまった。
「自分」は家族に殺された。人の心を殺された。人の心を殺したこの人殺し!
全てを語った時、少女時代のユキユの入院が決まった。
ここにいる子は、何を抱えて、或いは憧れて中二病になったか。
中学二年生。あの白シャツに黒のズボンを纏った細い子も、中学二年生だという。
「会いたい」
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