第28話 モブな薬屋は英雄がご希望です 4
★視点★ 薬屋のディック
「痛てて。ちっ。小便臭い渡し守の小娘。また、あんたかい」
「メフィスト! いい加減に賽の河原で商売をするのはやめなさい!」
「痛てて。私がどこでどんな商売をしようが、お前に関係でしょうが」
「関係なくない! ここは私たちの職場なの!」
「痛てて。ふん、知ったことか。痛てて、無能な渡し守が、痛てて、悪魔のワタシに、痛てて、盾を突こうなんざあ……痛てて、もおお、痛いっつってんでしょーが。いつまで腕をひねり上げてんだよ、バカヤロー。て言うか、誰だテメーは、コノヤロー」
メフィストが、天高くひねり上げられた腕を、シルクハットの青年から振り払った。
「メフィストさん、並びに、薬屋のディックさん、はじめまして! 僕は、本日付けでフェリーマンカンパニー異世界支店に転勤をしてきた渡し守です! 所属課は、
青年は、とても勇ましく、かつ、とても丁寧に自己紹介をした。
「ディックさん。話は、どこかの誰かから聞きました。先ほど、どこかの誰かが入力したあなたの情報も、僕のフェリーマンタブレットに共有されています。ディックさん。弊社のフェリーマンタブレットの情報によれば、あなたは、みずからの胸の病を治す試作の特効薬を服用し、その薬の調合ミスにより息絶えた。今あなたは、現世によほどの未練があり、死にきれず、生と死の境目を彷徨っている状態。ちなみに補足情報ですが、あなたが生前患っていた胸の病は、あちらの世界で
「癌?」
「はい。あなたは、末期の肺癌だったのです。どちらにせよ、長くは無かった人生。大人しく、あの渡船場に向かいましょう。自分の死を受け止め、渡し舟に乗り、静かにあの世へ渡りましょう」
どうやら、このエフという青年は、遠くに見える渡船場の舟に、私を大人しく乗せるのが仕事のようだ。
「まあ、確かに死の間際に現世への未練の念を抱いてしまったのは事実です。しかし、さきほど出逢ったこちらのメフィストさんの提案どおり、つまらない現世のことはすっかり忘れて、この魂と引き換えに、明るい来世を手に入れるのも悪くない、そう考え始めていたところです」
「ほら~。でしょ~。だと思った~。さあ、ディック。愛しのディック。ならば、今すぐ契約書にサインを!」
メフィストが、ペンと紙を持って、再度私に詰め寄る。
「ディックさん、悪魔の誘いにのってはダメ!」
女の子が、私とメフィストの間に割って入る。
「邪魔だ、小娘!」
メフィストが、女の子に左手をかざす。
「キャー!」
メフィストは、女の子に指一本触れずに、一瞬にして彼女を三メートルほど後方に吹き飛ばした。
「アイちゃーん、大丈夫かー! すげえ。悪魔のサイコキネシス。はじめて見た」
エフさんが、河原に横たわるアイちゃんと呼ばれる女の子に駆け寄り、介抱をする。
「いや、でもね、実際のことろ悩んでいます。何を懸念しているかってね。要するに、このメス悪魔の、このようなやり方ですよ。とにかく乱暴で、とにかく胡散臭い。大切な魂を支払うのを、さすがに躊躇してしまう」
私は、正直に今の気持ちを、エフさんに伝えた。
「おい、薬屋。今なんつった。言うに事欠いてメスって言うな、メスって。あんま調子乗ってると、焼き殺すぞ」
メフィストが、恐ろしい形相で私を睨む。
「くそ~、悪魔め~。このいたいけなアイちゃんを、よくも吹きとばしたな~。も~怒った。絶対にあいつの思い通りはさせないぞ。ねえ、先輩、お願い、タブレットでディックさんの来世を調べて」
アイちゃんが、強く尻もちをついたお尻をさすりながら、立ち上がる。
「そうか、その手があったか。よし、早速タブレットのトップ画面にある青いアイコンをタップして、ディックさんの来世を検索だ」
エフさんが、首からブラさせた黒い機械をいじり始める。ほう、あの機械で私の来世がわかるのか。確かに、既に決まっている私の来世が華やかなものであれば、わざわざ悪魔に魂を差し出す必要はないわけだ。
「よし、情報ゲットン!」
「はやっ! なんて速さだ」
「ふふふ。最新鋭の科学を駆使した端末ですのでね。さあ、ディックさん、この際だから包み隠さず発表します!」
エフさんが、声を高らかに張り上げる。
「ドルルルルルルルル……」
アイちゃんが、横からしゃしゃり出て、ドラムロールの口真似をする。
「発っ表します! あなたの来世はあああ!――」
「うむ、私の来世は?」
「製薬会社に勤める会社員でござま~す!」
「……製薬会社? また薬屋ってこと? いやいやいや、もう薬屋はご勘弁を~」
「おや、不評のようですね。あちらの世界の、町の小さな製薬会社に勤めるサラリーマンに生まれ変わることが出来るのですよ? けっこー安定した来世ですよ?」
「中小企業かよっ! なおさら嫌だあ!」
「ふふふ、ディックさん、早飲み込みしなさんな。話しは最後まで聞いて下さい。あなたはただの薬屋ではございません――」
エフさんが、何かを言いかけたその時だった。
「おほほほ。要らぬ策を講じて墓穴を掘ってりゃ世話ないわ。よ~し、こちらにチャンス到来。奥の手を使って追い打ちをかけてやる。やい、小汚い渡し守ども、今からワタシの魔術の凄さを見せてやる。そこで指をくわえて見ていな。この薬屋に、有無を言わさず契約書にサインをさせてみせる」
メフィストは、私の目の前に立ち、なにやらブツブツと呪文を唱えながら不気味な舞を踊った後、
「さ~あ、ディック。しがない薬屋のディック。今からあなたの望みの来世を、ほんの少しだけ体感させてあげる」
私のひたいに、鋭利に伸びた左手の人差し指の爪をツンと当て、そして――
「開眼せよ! 第三の目!」
どだい現世では耳にしたことのない、おぞましい声音で叫んだ。
「キャー! 気持ち悪―い! ディックさんのおでこから、目ん玉が浮き出たー!」
アイちゃんの悲鳴を聞くが早いか、私の意識は、どこかへぶっ飛んだ。
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