第26話 モブな薬屋は英雄がご希望です 2

★視点★ 薬屋のディック


 瞼を開くと、大きな川が流れる河原に立ち尽くしていた。


 薄暗い作業場から、突然眩しい陽の光の下に晒され、なかなか目が慣れない。


 ここはどこだろう? 遠くのほうで船に乗る人だかりが見える。おや、集まっているのは人だけではない。モンスターもいる。本当に、ここはいったいどこなのだろう? 辺りを調べて確かめようか。


 と思ったりもしたが、下手に動き回って道に迷うのは嫌だという気持ちのほうが勝り、私は、成す術もなく、しばらくここでじっとしている。


「こんいちは。どうかしましたか?」

 すると、一人の中年男性が、背後から私の肩をポンと叩き、絵にかいたような作り笑いで、私に話しかけてきた。

「わあ、びっくりした。ど、どうも、こんにちは」

 見ると、男性は、肩に大きな地引網を担いでいる。


「あの、すみませんが、教えて下さい。いったい、ここはどこですか?」


「ここは、現世とあの世の境目、さいの河原でございます。はじめまして。私は、ここを運営しているフェリーマンカンパニーの社員で『渡し守のシー』と申します」


 渡し守シー。特徴の無い顔。普通の体形。印象の薄い声。この私が言うのもなんだか、実在感の無い人物だな。まるでこの河原の風景に溶け込んでいるかのようだ。


「……現世とあの世の境目。やはり、私は死んでしまったのですね?」

「少々お待ち下さい。私のタブレットで確認してみますね。失礼ですが、お名前は?」

「ディックです」

「年齢は?」

「55歳」

「あなたは何者ですか?」

「何者?……薬屋ですが」

 渡し守シーは、肩に担いだ地引網をドサっと河原に下ろし、私から、名前、年齢、存在意義を訊くと、首からぶら下げた黒い機械をいじり始めた。

「おやおや。あなたは、こちらの死亡者リストにアップされていませんね。つまり、あなたは、生者とも死者ともつかぬワンダラー」

「ワンダラー?」

「ご心配なく。すぐ近くに弊社の社屋がありますので、これより、この渡し守のシーが、最終決断補助者ファイナルジャッジヘルパーをこちらへ呼んで来て差し上げます。それでは、ここで、しばしお待ちください」

 渡し守シーが、社屋に向かってゆっくりと歩き出す。

「……あの~、大切な地引網をお忘れですよ」

 ファイナルジャッジヘルパーなる者を呼びに行きかけた渡し守シーを、私は呼び止める。

「おっと、いけない」

 ヨッコラショと掛け声をかけて、渡し守シーが、地引網を肩に担ぎ直した。

「ちなみに、この川では、いったいどんな魚が捕れるのですか?」

「魚?」

「はい。今から、この地引網で、漁をするところだったのでしょう?」

「ははははは。まさか。三途の川には、魚なんて一匹たりとも泳いでいませんよ」

「では、この網は?」

「これですか? いや~、私は、この賽の河原で死者をあの世に渡す会社の社員なのですが、会社の者たちは、私が見えていないのか、これといった業務命令をくれず、私は、毎日やることが無くて暇をしているのです。ですから、今日なんて日は、この地引網を川に放り投げて、地引網漁をするふりでもしようかと思いましてね」

「地引網漁をするふり?」

「はい、漁をするふりです」

「ふりだけ?」

「だけです」

「だけ? マジで?」

「だけです。マジで」

 渡し守シーは、河原の果てに溶けて無くなるように消えて行った。


 それから、小一時間ほど経ったであろうか。


 誰だったか忘れたが、確かに、誰かにここでファイナルジャッジヘルパーなる者を待てと言われたので、私は身動きひとつせず、言われた通りにファイナルジャッジヘルパーなる者の到着を大人しく待っていた。


 どーーーーーん!!!


 凄まじい轟音。


 突然の出来事だった。目の前で、地鳴りを伴う爆破が起こったのだ。私は、数メートルほど爆風に吹き飛ばされた。「な、な、な、何事だ?」辺り一面に黄色い噴煙が立ち込めている。砂煙と濃い硫黄の臭いに私はむせかえる。やがて、徐々に煙が晴れて行く。


おや? 煙の中に人影。


「いらっしゃいませ~。いらっしゃいました~」


そこには、艶のある長い黒髪をなびかせた、絶世の美女が立っていた。

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