第20話 どんだけスライムだっちゅ~の 1
★視点★=スライムのペロくん
毎晩、同じ夢を見る。
悪夢だ。
夢の中でボクは、あちらの世界の、いわゆる人間のカタチをしていて、夕暮れの、薄暗い路地裏のビルの陰で、息を殺して誰かを待ち伏せしている。
たまらない高揚感。何だかとてもワクワクするぞ。
そこに、一人の少年が歩いて来る。学校帰りかな。背中にランドセルを背負っている。
夢のボクは、ビルの陰から飛び出し、その子供を、いきなりナイフで切りつける。
血を吹いた子供が、状況を把握出来ず不安に満ち満ちた表情でしばらく辺りを逃げ惑う。それから、切られた腹部を手で押さえ、ビルとビルの隙間に逃げ込む。
「お~い、坊や~。出ておいで~。一緒に遊ぼうよ~」
ボクは、薄ら笑いを浮かべて、地面に滴り落ちる子供の血液を追い、少年に猫なで声で囁く。
「おい、ガキ! 逃がさねえぞ! 観念しろ!」
今度は、打って変わって激しく恫喝してやる。ビルの隙間を覗くと、地面に尻もちをついた少年が、こちらを見て、恐怖のあまりピクピクと痙攣をしている。
「怖いか? 怖いよな? さあ、今からボクと気持ちいいことしようね」
それからボクは、少年を執拗に何度も切り裂く。
そして、完全に動かなくなったのを確認してから、少年を服を剥ぎ、じっくりとその死体を犯す。
悦楽の絶頂に身震いをする。ああ、たまらねえ。
気が付くと、大きな川の流れる河原にいる。
ボクの目の前には、シルクハットを被り、風にマントをなびかせた青年が立っている。その青年は、首から四角い機械をぶら下げている。
「あと何回?」
と、ボクが訊く。
「18回だよ」
と、その青年が、ボクの頭を撫でながら答える。
……18回。……あと18回も。……許して。……勘弁して。底知れぬ絶望感に、ボクは打ちひしがれる。お願いだ、誰か、ボクを助けて……
――――
「ペロ! ほら、ペロ、起きなさい! いつまで寝ているの!」
ボクは、お母さんの叱り声で目を覚ます。
「……お母さん、おはよう」
「ペロ、あなた、すごくうなされていたわよ。また怖い夢を見たの?」
「うん、とてもリアルで不気味な夢だよ。毎日毎晩、たまらないよ。ほら見てよ、今朝も汗だくだ」
青い半透明の体から流れている大量の汗を、布で拭う。
「そんなことより、ペロ、今日もいい天気よ。さっそく朝ごはんを食べに草原に出ましょう」
ボクとお母さんは、草原に転がる大きな岩と岩の隙間の暗がりから、ピョコリピョコリと飛び出す。この暗がりが、1年前からお母さんと二人で住んでいるボクの家だ。風通しも良い。近くに川もある。ここは、とても住みやすいところだ。
ボクは、スライム。
名前は、ペロ。
歳は、7歳。
怒ると怖いけれど、普段は優しいお母さんと、生息地の草を食べ尽くしては、草原を移動しながら暮らしている。
お父さんはいない。数年前に「近くの川で水を汲んで来る」と家を出たきり帰って来ないのだ。遅いな。心配だな。いったいどこまで水を汲みにいったのかな。
お母さんと一緒に、草原で、朝食の草を食べる。
「あなたも、もう7歳か~。本当に大きくなったわね~」
お母さんが、口から溢れるほど草を頬張るボクを、まじまじと見て、しみじみと言った。
「そう? お母さんに比べたら、ボク、まだまだ小さいよ。だからこうやって、毎日たくさん草を食べているんだ。たくさん食べて、早く大きくなって、いつかボクが、お母さんを危険から守るんだ」
「まあ、嬉しい。ペロ、ありがとうね~」
朝食を食べ終わると、お母さんは、家の掃除をすると言って、岩と岩の隙間に戻って行く。
「ねえ、お母さん! このあたりで少し遊んでいていい?」
「いいけど、あまり遠くへ行っちゃ駄目よ。最近は、魔王退治という名目で、罪もないモンスターを虐殺する者がいるらしいからね」
「罪もないモンスターを虐殺する者?」
「そうよ。お母さんも、まだ出くわしたことはないのだけれど、みんなは、そいつを『勇者』と呼んで恐れている」
「勇者だね。オッケー。了解だよ。くれぐれも勇者には気を付けるよ」
お母さんにそう告げて、ボクは、広大な草原をピョンピョンと飛び跳ねて遊んだ。
どれぐらい遊んだのかな。けっこう遊んだな。遊びに夢中になってしまい、ついお母さんの言いつけを破って、家から遠く離れたところまで来てしまった。遊び疲れたボクは、広大な草原にポツリと生えている巨大なサルスベリの木陰で休んでいた。
その時、突然、岩場の陰から何かが飛び出した。
それは、屈強な人間だった。鉄のカブトを被り、左手に皮の盾、そして、右手に銅の剣を持っている。
「……え、ひょっとして、勇者?」
その刹那、勇者の銅の剣が、ボクの体を容赦なく切り裂いた。
ボクは、わけも分からず逃げ惑う。
勇者が、背後から執拗に何度もボクを切る。
え? 何? 今ここで何が起きているの?
痛い。苦しい。体が焼けるように熱い。
傷口から、青い粘液状体液が止めどなく流れ出ている。
駄目だ。もう動けない。
ごめんね、お母さん。お母さんの言いつけを守っていれば、こんな目に遭わなくて済んだのにね。あ、意識が遠のく。なにも……見えない。
――――
気が付くと、大きな川の流れる河原にいる。
ここは、いったいどこだろう? なんとなく見覚えのある河原だな。そうだ、思い出したぞ。ここは、毎晩見る悪夢に登場する河原だ。ボクは、辺りをキョロキョロしながら、しばらくその河原を、あてもなく彷徨い歩いた。
おや、あんなところに、河原に流れ着いたゴミを拾っている人がいる。尋ねてみよう。
「こんにちは、おじさん。ボク、スライムのペロって言うんだ。忙しいところ悪いけど、教えてくれるかい。ここは、いったいどこ?」
「こんにちは、スライムの坊ちゃん。ここは、現世とあの世の境目、賽(さい)の河原でございます。はじめまして。私は、ここを運営しているフェリーマンカンパニーの社員で『渡し守のシー』と申します」
渡し守シー。特徴の無い顔。普通の体形。印象の薄い声。別れた途端に忘れてしまいそうなおじさんだな。
「おやおや、スライムのお坊ちゃま。あなたは、こちらのリストにアップされていない存在ですね。つまり、あなたは、ワンダラー。
それでは、これから、この渡し守のシーが、あなたを
「ファイナルジャッジヘルパー?」
「はい。昨日まで若い女性社員が一人で対応していたのですがね。噂では、本日より、あちらの世界の、名うてのファイナルジャッジヘルパーが転勤してくるとかこないとか。名前は、なんだっけ、え~っと、たしか『エフ』と言ったとか言わないとか」
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