第19話 そして異世界へ 3

 僕と、ファイナルジャッジヘルパー見習いのアイちゃんは、フェリーマンカンパニー異世界支店に向かって、賽の河原を歩いている。


 眼前には、美しき三途の川。太陽の光にキラキラと乱反射する水面が、川上から川下へと、果てしなく伸びている。


 異世界の三途の川といったところで、その川幅、水質、流速、臭気、河原の石の大きさに至るまで、基本的にあちらの世界の三途の川と、これと言って大きな違いはないようだ。

 唯一の決定的な違いといえば、この渡船場に列を成すバラエティーに豊かな死者の面々であろう。

 勇者、戦士、魔法使いがいるかと思えば、その同じ列に、ゾンビやドラゴンや人面樹などのモンスターが一緒に並んでいる。そうかと思えば、貴族階級の公爵・伯爵・男爵やその令嬢なども、行儀よく渡船の順番を待っていたりする。


「あれ? 死装束しにしょうぞくは? 三角頭巾さんかくずきんは?」


 僕より先にここで働いているアイちゃんに、質問をする。


「死装束? 三角頭巾?」


 アイちゃんは、首を傾げた。


「白い着物だよ。あちらの賽の河原では、死者はみんな死装束という白い着物に着替えて、頭に白い三角頭巾を巻いて、渡し舟に乗る決まりなのだ」


「なーそれ、だっさっ! こちらの賽の河原に、そのようなルールはございません。だって先輩、考えてみて下さいよ。あの不揃いな体形をしたモンスターたちに、どうやって着物を着せるのですか? 正気の沙汰じゃないでしょうが」


「あはは。そう言われれば、確かにそうだね。ここでは、死装束なんてないほうが、理にかなっているね」


 小一時間歩いて、僕たちは、支店に着いた。フェリーマンカンパニー異世界支店は、二階建ての石造りのちっぽけな建造物だった。

 げげ! これが支店? 昨日まで働いていた鉄筋コンクリート造5階建ての本店と比べると、すごく見劣りするんですけど。うえ~、僕、今日から、こんな粗末な社屋で働かにゃあならんの?


「ねえ、アイちゃん、石造りの建物の中で仕事をするのって実際どうなの? 快適?」

「通気性が壊滅的に悪いので、夏は蒸し暑く、冬は底冷えします。百歩譲って、地獄っす!」

「……マジっすか」


 入口の鉄製の錆びついた重い扉を開けて、彷徨人課さまよいびとかのオフィスに入る。石造りの室内の中央に、書類が山のように積まれたアイちゃんの机、そして、その隣にガランとした無人の机がひとつ。


「それ、先輩の机ですから、遠慮なく座って下さい。今、茶を入れますね」

 アイちゃんが、ポットで急須にお湯を注ぎ、温かいお茶を僕に出してくれた。

「先輩、長旅お疲れ様でした。粗茶ですが、どうぞ」

「げっ! なにこれ!」

 机の上に置かれたお茶の色を見て、僕は思わず、椅子からずり落ちそうになった。

「なにって、ショッキングピンク茶ですけど?」

 アイちゃんが、平然と答える。

「ショッキングピンク茶……。気持ちの悪い色のお茶だね」

 僕は、恐る恐る、熱いショッキングピンク茶をすすった。……うん、美味しい。気持ちの悪い色だが、味は、あちらの世界の緑茶と同じだ。

 なるほど、ここは異世界。お茶ひとつとっても、あちらの世界の常識は通用しないのだ。郷に入れば郷に従えという言葉もあるし、早くこちらの生活に馴れないといけないなあ。


 そんなことを考えつつ、口にした湯飲みを机に置いた時、彷徨人課さまよいびとかに、渡船場で死者の管理をする社員が入って来た。


「アイちゃ~ん! 死亡者リストにアップされていない者が、賽の河原をウロウロと彷徨っておられま~す! 最終決断補助者ファイナルジャッジヘルパーの出番で~す! 対応をよろしくお願いしま~す!」


「わ! 先輩! 転勤早々、ワンダラーが現れましたね! こうしちゃいられない、急いで河原へ向かいましょう!」


「え~マジぃ~、やっと一服出来ると思ったのに~。僕、ショッキングピンク茶を一口飲んだだけじゃ~ん」


 アイちゃんに、背中を押されて、しぶしぶ河原に下りる。そこには、一匹のドロドロとした粘液状の生き物が、僕たちを待っていた。見たところ、まだ子供のモンスターだ。


 おや、見覚えがあるぞ。あ、思い出した。あの子は、僕が異世界に転移した時に、草原で勇者に剣で切り裂かれていたモンスターだ。


「あ! 悪夢の人だ!」


 その子は、僕の顔を見るなり、そう言った。


 悪夢の人? まったくもう、なんだか失敬な子だな。悪夢の人って、どういうこと?


「アイちゃん、ひょっとして、この子が、ワンダラー?」

「はい。死亡者リストには、アップされていない命が、この河原に迷い込んでしまったみたいです。ウフフ。ていうか、小さくて、ちょーかわいいんですけど」


「ボクの名前はペロ! よろしく!」


 青い半透明の皮膚をプルプルと震わせて、元気よく自己紹介をする。


「え~っと、ペロ君、さっそくだけど、お兄ちゃんに教えて。歳はいくつ? 君の存在意義は何?」


「歳は7歳! ……存在意義って言われても、そんな難しいことはよく分からないけど、とりあえず、僕はスライム!」


 僕は、フェリーマンタブレットに必須情報を入力する。


「了解だよ。名前はペロ。歳は7歳。存在意義はスライムっと」


 異世界に転勤早々、僕が対応をすることになったワンダラーは、なんと、スライムの子供であった。


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