第18話 そして異世界へ 2

 転勤の朝。


 僕は、フェリーマンカンパニーの社員寮の前で、引っ越し業者に部屋の荷物を預け、簡単な手荷物だけを持って、こちらの賽の河原に別れを告げた。

 それから、異世界に向かうため、会社から僕のフェリーマンタブレットに送られた電子メールに添付してある地図を頼りに、とりあえず、時空の裂け目を跨いで現世へ出る。

 そこから、最寄りの空港に移動して、飛行機に乗り、遠方の県に舞い降りる。休む間もなく、電車を乗り継ぎ、とある山村の駅でタクシーに乗り込む。あとは、ひと気のない山奥の一本道をひた走る。


「お客さん。道、間違っていませんか? お客さんの指示通りに運転をして来たら、前方が行き止まりになっていますけど?」


 タクシーの運転手が、訝しげに言う。


「大丈夫です。ここです。ここが目的地です。ありがとうございます。ここで降ろして下さい」


 僕から現金を受け取ると、タクシーはUターンをして、山道の果てに消えて行った。


 目の前に、怪しげなトンネルが立ちはだかっている。建設の途中で、工事が中止になったまま放置されている古いトンネルだそうだ。

 僕は、入口を封鎖しているバリケードを解体して、トンネルに入る。それから、湿気の多い、薄暗い、不気味なトンネルの中を、一人で歩いて行く。

 建設の途中で工事が中止になったとのことだか、不思議と、どこまで歩いても、行き止まりにはならない。薄暗い空間が、奥へ奥へと続いている。

 それから、どれぐらい歩いたであろうか、闇の果てに出口の光が射した。僕は、やっとゴールが見えたことに興奮をして、おのずと光に向かって全力疾走をする。



 長いトンネルを抜けると、そこは、異世界だった。



 雲ひとつない蒼天。

 蛇のような禿げ鷲のような怪鳥が、空を飛んでいる。

 広大な草原が、視界いっぱいに広がっている。

 遠方に石造りの宮殿や民家が建っている。

 古めかしい石畳の道を、馬車や、クラシックな自動車が走って行く。

 一人の勇者が、一匹のドロドロとした粘液状の生き物を、剣で切り裂いている。

  

 まごうことなき異世界だ。今日から僕は、この世界の死者を、三途の川の渡し舟に乗せて、あの世へ渡す仕事をするのだ。

 

 おっと、のんびり景色を眺めている場合じゃない。会社から送られた電子メールに記された、こっちの世界の、時空の裂け目を探して、賽の河原に入場しなければ。

 え~っと、なになに、

『まず、巨大なサルスベリの木と、ヘンテコリンな形をした石と、草原に野晒しなっている人骨を探すべし。

 次に、それらの位置を三角で結び、各頂点とその対辺の中心を結び、三角形の重心を出したら、そのポイントに立つべし。

 最後に、そのポイントの地上から1メートの高さの空間に手を掛けて、こじ開けてみるべし。賽の河原への入り口、そこにあり』

 と書いてある。……う~む、何がなんだか。


 僕は、いささか嫌気がさしながらも、会社の指示通りに、だだっ広い草原を探し回り、巨大なサルスベリの木と、ヘンテコリンな形をした石と、人骨を見つけだして、その重心に立ち、地上から1メートの高さの空間に手を掛け、両手でこじ開けてみた。


 うおお、本当だ。空間の裂け目の向こう側に、賽の河原が広がっているぞ。「よっこらしょ」僕は、時空の裂け目を跨いで、いよいよこちらの世界の賽の河原に入場をした。


 丸い石をゴロゴロと踏みしめながら、三十分ほど河原を歩いただろうか。


「おーい! おーい! ちょっと、そこのひとおお!」


 すると、遠くの方から大声をあげて、一人の若い女の子が、こちらに向かって走って来る。「な、何ごと?」僕は、足をとめる。

 やがて、駆け寄った女の子は、ゼイゼイと上がった息をしばらく整えた後、こう言った。

 

「お持ちしていました! あなたは、最終決断補助者ファイナルジャッジヘルパーの、エフさんですね!」

「は、はい、そうですけど。失礼ですが、あなたは?」

「申し遅れました! 私は、先輩と同じ、フェリーマンカンパニーに勤める渡し守で、名前をアイと申します! なにを隠そう、私こそが、こっちの世界の最終決断補助者(ファイナルジャッジヘルパー)です! えっへん!」


 女の子は、真っ赤な髪を後ろで束ねて、OLのスーツと、メイドの衣装を、足して二で割ったような服装をしている。首からは、僕と同じく、会社から支給されているフェリーマンタブレットをぶら下げている。歳は、見たところ、まだ二十代前半ってところかな。


「個性的な仕事着だね」


 僕は、アイちゃんの、ファッションセンスを褒めた。


「そうですか? 先輩こそ、とても個性的ですよ」

「そうかな? 僕としては、普通のサラリーマンの身なりをしているつもりだけど」


「どこが普通のサラリーマンですか! 一見してビジネススーツを着ているようだけど、白銀の長髪にシルクハットを被り、背中にはマントを羽織っている。足元は、膝下までのズボンに、高い編み上げのブーツ。

 う~ん、なんて表現したらよいのかな。あえて言うなら、ビジネススーツと、イタリアのギャングを足して二で割ったような、異様なファッションですよね。正直、一緒にいると、ちょっぴり恥ずかしいです」


「異様なファッション? 一緒にいると恥ずかしい? ショックだなあ。そこまで言う?」


「さあ、先輩、支店に案内します! 私に付いて来て下さい!」


 意気消沈している僕など素知らぬ顔で、アイちゃんはくるりと方向転換をして、前方を歩き始める。


 支店へと進む道すがら、僕は、アイちゃんに苦言を呈した。


「アイちゃん。あのさ」 


「はい、なんですか、先輩」


「その、先輩って呼ぶの、やめない? エフとアイだから、恐らく僕のほうが先にこの会社に入社しているとは思うけど、お互い一人前の最終決断補助者(ファイナルジャッジヘルパー)なのだしさ、今時、そういう体育会系のノリってどうなのかな、と僕なんかは思うのよね」


「一人前の最終決断補助者ファイナルジャッジヘルパー? いやいや、私、まだ見習いですよ」


「ええっ! そうなの?」


「はい、昨年、試験に合格したばかりで、現在私は、研修期間中の身です。3年の研修期間を経て、晴れて正規の最終決断補助者ファイナルジャッジヘルパーになる予定なのです」


「マジっすか? 研修期間中の見習いが、今日までたった一人で、この異世界で、ワンダラーの対応をしていたってこと?」


「はい。我が社も人手不足みたいですね。普通、私みたいなヒヨッコ一人に、こんな重責を押し付けます? 上層部、マジ、腹立つわ。

 でも、任された以上は、私、一生懸命がんばりましたよ。私、これでも、それなりに上手に業務を遂行していたのです。

 ところが、最近、こっちの賽の河原では、諸問題が多発していて、ヒヨッコの私だけでは、とても業務を抱えきれなくなっちゃいましてね。だから本日、こうして、先輩にご足労いただいたってことです」


「なるほどね。要するに、僕は、この異世界で、ワンダラーの対応をしながら、研修期間中の最終決断補助者ファイナルジャッジヘルパーである君の教育係もするってわけね」


「その通りでございます。さすが先輩、話が早い。本日より、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます!」


「トホホだあ。まったく、トホホのホだあ~」

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