異世界編
第17話 そして異世界へ 1
「やあ、エフ君、ハローハロー。今日は、とても良い天気だね。どう、仕事は、はかどっているかい」
僕が、いつものように、
ビーさんは、僕の上司で、役職は、フェリーマンカンパニーの内部監査官。社内で発生する業務上の不正の防止や、業務の効率化を目的として、毎日内部監査をしている。
金髪のツンツン頭。耳と鼻にピアス。薄っすらと口紅やメイクもしている。首からフェリーマンタブレットをぶら下げてる。皮のスーツに、鎖をジャラジャラ付けて、ビジネススーツと、イギリスのパンクを、足して二で割ったような服装をしている。
「どうしたのですか、ビーさん、 なんだか、今日はご機嫌が良いですね。 まるで人が変わったみたいです」
「そうかい?」
ビーさんは、ダイエースプレーで逆立てた髪の毛をポリポリと掻きながら、打合せに使うテーブルの椅子にドスンと座った。
「はい。いつもなら課の扉を思い切り蹴飛ばして、 僕の顔を見るなり『やい、エフ! てめえ、またやってくれたなあ!』なんつって、部下の些細な失敗をほじくり返しては、蛇のようにねちっこいお説教を、長々と続ける展開じゃないですかあ」
「おやおや、こいつは心外だな。俺はそんなに陰湿な男じゃないぜ」
「何言ってんすか。陰湿そのものじゃないすか。陰湿の化身じゃないっすか。辞書で『陰湿』って調べたら、絶対に『渡し守ビー』って載っていますよ。陰湿で、おまけにガラが悪い。ああ、嘆かわしい。救いようがない」
「なんだと、てめえ、コノヤロー!」
かっとなったビーさんは、テーブルにあった灰皿を僕に投げつけようとして、寸前で我に返って手を止めた。僕は、反射的に机の下に身を隠し「ほ~ら、ガラが悪い」とつぶやいた。それから、ビーさんは、たかぶった気持ちを落ち着かせてから、話を続けた。
「あはは、冗談だよ、冗談。あのなあ、エフ。今日俺は、お前にお説教をしに来たわけじゃない。お前にとって、良い知らせを持ってきたのさ」
「良い知らせ?」
「ああ。俺は、お前が、最終決断補助者として頑張ってくれていることについては、上司として常々感謝をしているんだぜ。だからさ、そのお礼と言っちゃあ何だけど、この度、お前のフェリーマンタブレットに、便利なアプリケーションソフトを、二つほどダウンロードすることにしたから」
「便利なアプリをダウンロード? ほう、それはありがたい。楽しみっすね。待ち遠しい、んで、それは、いつの話っすか?」
「あ、ごめん。もう、済んでいる。ついさっき、お前のタブレットをハッキングして、ちゃちゃっと済ませておいた」
「ちょっとおお! 勝手に何をしてくれてんすかあ!」
僕は、慌てて、机の上に置いてあるタブレットを起動させる。おや、確かに、ホーム画面に見慣れないアイコンが二つ増えている。
「おい、エフ、聞いて驚け。その赤いアイコンをタップすると、死者どもの前世を調べることが出来る。それから、その隣にある、青いアイコンをタップすると、死者どもの来世を調べることが出来る。どうだ、すげーだろ」
「マジっすか! 前世と来世が分かるなんて、もう僕、神様同然じゃないっすか! うおおお、こいつは、とてもありがたいっす! 仕事をしていると、ワンダラーに、自分の前世や来世をよく質問されるので、こんな機能があると、とても助かるっす!」
「あ。言っとくけど、死者やワンダラーに、前世や来世を告げるのは禁物だぜ」
「え。どうしてですか?」
「考えみろ。例えば、来世が虫けらだなんて知ったら、誰だって死にたがらないだろう? いちいち教えていたら、渡し舟の運営に支障が出ちまうよ」
「確かに、おっしゃるとおりです」
「この機能は、大前提として、ワンダラーとの交渉をすみやかに行うための、極秘情報として使用するんだ。まあ、とは言うものの、アプリ自体はオプション機能も充実しているし、結局は、お前の使い方次第だけどな。はじめは戸惑うかもしれないが、使い慣れれば、きっと重宝するぜ。間違いねえ」
「どうしちゃったんですか、ビーさん。部下のタブレットに、こんなに便利な機能を付けてくれるだなんて、本当に人が変わったみたいだ。兎にも角にも、ビーさん。この度は、誠にありがとうございます。いや、ほんと、ぼかあ、素直に嬉しいっす」
「うむ! というわけで、渡し守エフ! これらの機能をじゅうぶんに活用して、明日からは、異世界で、かんばってくれたまえ!」
「はい、一生懸命がんばります! ……って、今、なんと?」
「だ、か、らあ、これらの機能をじゅうぶんに活用して、明日からは、異世界で――」
「はい、ストップ! い、い、い、異世界、とな??」
僕が、自らの耳の穴をかっぽじって確認をすると、ビーさんは、おもむろにスーツの胸元から書類を取り出し、いつものガラの悪いしかめ面に戻って、それを僕に突き付けた。
「
「えええええ! 勘弁してくださいよ! 異世界って、あれでしょう? 勇者とか、魔王とか、モンスターとか、令嬢とか、伯爵とかがひしめき合う、あの異世界でしょう?」
「そうだ、あの異世界だ。なんでも最近、あちらでは、転生や転移が、神々の目の届かないところで、無断で行われているらしい。それから、それ以外にも厄介な問題が山積みなんだってよ。な、エフ、異世界支店には、優秀な最終決断補助者である、お前の力が必要なんだ。頼む、協力してくれ」
「お断りします。いくらビーさんのお願いでも、そんな激務はお受けできません。僕は、この世界での生活が、性に合っている」
「おいこら、エフ。俺は、このあいだの、あの世への不正アクセスの件、許したわけじゃねえんだぜ。社長に報告をしたら、お前は、解雇どころじゃ済まない。もちろん、あの一件だけじゃねえ。お前の職務違反を言い出せばきりがない。情報の漏洩、無断欠勤、遅刻に早退、報告書提出の遅延。経費の無駄遣い。あとは……」
「はいはいはーーい! 分かりましたよ! あ~もう、行けばいいんでしょう、行けば! まったくもう、異世界でもどこでも、飛ばされてやりますよ!」
こうして僕は、明日付けで、異世界の賽の河原へ転勤することになってしまった。
やばい。考えただけで、胃が痛い。
救急箱に入った粉末の胃薬を一気に口に流し込み、「ゴボッ。ゴボッ。ゴボッ」と豪快にむせる。
異世界かあ。
はてさて、どうなることやら。
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