第14話 助けて、猫型ロボット! いじめの四層構造
ここは、現世とあの世の境目、賽の河原。
僕は、この河原に建つ「フェリーマンカンパニー」という渡船会社に勤める三途の川の渡し守。
今日も、渡船場から沢山の死者を渡し舟に乗せ、あの世へと渡している。
僕は、エフと呼ばれている。
どうやら僕は6番目にここへ来た渡し守らしい。渡し守A、渡し守B……6番目の僕は、渡し守F。
恐らく、過去には別の名前があったと思われるのだが、まるで思い出せない。何故ここで働いているのか。いつここへ来たのか。何も憶えていないのだ。
気がついたら、ここで働いていた。まったくトホホのホだ。
ちなみに、渡し守の仕事は、実際に船に乗って死者をあの世へ渡す、いわゆる「船頭」ばかりではない。
乗船する死者の受付。死装束や三角頭巾の配布。乗船員数・出船時刻の管理。渡し舟のメンテナンス。などなど。仕事内容は様々。
僕は、数年前から
毎日現世とあの世の境目にある賽の河原で働いていると、時折、生者とも死者ともつかぬ、ワンダラーがふらりと訪れる。
ワンダラーが、三途の川を渡るか否かを決める。つまり「生きるか死ぬか」の最終決断をする。そのお手伝いをするのが、僕の仕事。
ファイナルジャッジヘルパーと言えば聞こえはいいが、まあ、事実上現場のトラブル処理係。
ほら、今日もこの賽の河原に、生者とも死者ともつかぬ悲しきワンダラーがやって来た。
― ― ― ― ―
う~、さび~さび~。いつまでダラダラと寒いんだっつーの。寒波、飽きたっつーの。春が待ち遠しいっつーの。
かじかんだ両手を擦り合わせながら出社した僕は、いつものように、デスクの上に置いてあるフェリーマンタブレットを起動させた。
朝靄に包まれた幻想的な賽の河原。今日も沢山の死者がこの美しき河原で、係りの者が配布した死装束に着替え、白い三角頭巾を鉢に巻き、列になって順番に船に乗り、静かに静かにあの世へと渡って行く。
タブレットに、新着メールが一件。僕の苦手な上司、嫌味な上司。くっそ細かい上司。渡し守ビーさんからのメールだ。
『昨日君が提出した報告書、こちらの再三の催促にもかかわらず、君が溜めに溜めた報告書32件分。上司である俺が眠い目をこすりながら、徹夜をして全部に目を通した。ついては、誤字・脱字・指摘事項、君の考え方の改めるべき点などを、約200項目ほど上げたので、別紙一覧表を確認の上、本日中に全ての報告書を是正・再提出すること。ハッキリ言って0点です』
おいおいおい、勘弁してくれよお。いじめかよ、まったくもう。
― ― ― ― ―
39歳。
中肉中背の、一見してどこにでもいる中堅サラリーマンといった人物だ。
「真田さん、ここを訪れた皆さんに聞いている質問をします。『あなたは何者ですか?』 あなたの存在意義をひと言で教えて下さい」
「存在意義? うーん、そうですねえ、……私は父親です。私の存在意義は、中学一年生の息子の父であることです」
上記の情報をフェリーマンタブレットに入力する。瞬く間に彼の情報がヒットした。
「あの~、ちなみに、そう言うあなたは誰ですか? ここはいったいどこですか?」
「私は三途の川の渡し守。名前は、エフと言います。ここは、現世とあの世の境目。賽の河原です」
「えええ! わ、わ、わ、私、死んでしまったのですか?」
「あははは、ご安心ください。このフェリーマンタブレットの情報によれば、真田さん、あなたは、現世で何か重大な出来事に遭遇し、ショックで気絶してしまった。あなたは今、ただ気を失っているだけです」
「……そうかあ、あまりのショックで、三途の川に片足を突っ込んでしまったのか。自分が情けない」
「いずれ現世に戻れます。それとも、あなたはこのまま三途の川を渡りますか?」
「じょ、冗談言わないでくださいよ、エフさん」
「あはは。真田さん、現世で何があったのですか? 僕でよろしければ、話相手になりますよ」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
ああ、しまったああ。報告書の是正が膨大にあるってのに。また要らぬおせっかい。僕の悪い癖だ。
「実はね、いじめがあったのです」
「それは、あなたの職場で、あなたがいじめられたということですか?」
「いいえ、いじめがあったのは、今年中学一年生になる私の息子のクラスです」
「なるほど、つまり、息子さんがクラスでいじめに遭った。それがショックだった」
「違うのです。そうではないのです。私の息子は、見ていた」
「見ていた?」
「クラスメイトがいじめに遭っているのを、ただ黙って見ていたそうです。担任から今朝その報告を受けました」
「えーっと、確認です。それが、真田さんにとって、三途の川に片足を突っ込むほどショッキングな出来事だったのですね?」
「そうです。おかしいですか?」
「いいえ、ちっともおかしくはありません。むしろ僕は真田さんの思いを、もっと聞きたくなりました」
真田さんは僕の目をしっかりと見つめ、熱く語り始めた。
― ― ― ― ―
私は子供の頃、いじめに遭っていました。理由は分かりませんが、ある日と突然、クラスの番長にいじめられるようになったのです。
いじめられるのも辛かったですが、何が辛かったって、それまで私と大の仲良しだった親友が、私を助けてくれなかったことです。私がいじめられているのを見て見ぬふりをしたことです。
私の息子も、かつての親友と同じく傍観者に徹したのです。
ショックだった。
気が付いたら三途の川に迷い込んでいた。
集団のいじめは、四層構造に分けられるという理論は、よく見聞きします。
いじめられっ子=被害者
いじめっ子=加害者
面白がって見ている子=観衆
見て見ぬふりをする子=傍観者
この構造をとある国民的アニメの登場人物に例えて、順に、のび〇、ジャイ〇ン、スネ〇、しず〇ちゃん、などと分かりやすく言い換えられることもあります。
なるほど、言い得て妙ですよね。であるならば、私の息子は、さしずめ、しず〇ちゃんです。
もしこのいじめの四層構造の理論が正しいのであれば、私に限らず、子を持つ親は、ある過酷な現実を突きつけられていることになります。
子供のクラスにいじめが発生したとして。幸いにして、うちの子供はいじめの被害者ではなかった。とする。
その時、ああ、よかった、うちの子はのび〇じゃなかった。と親はただ安堵しがちであるが、それは浅はかというもの。
もしいじめの四層構造の理論が本当であり、うちの子供が被害者でないのであれば、当然、子供は、加害者、観衆、傍観者のいずれかに属したことになるわけです。
つまり愛する我が子が、のび〇を殴ったり蹴ったり上靴を喰わせたりして、快楽を得るジャイ〇ン。てめえなんか奴隷なんだよ! ちょーウケるんですけど! と笑いながらはやしたてるスネ〇。のび太の悲鳴が轟くいじめ現場をただの風景のように、スマホをいじりながら通り過ぎるしず〇ちゃん。のいずれかに属したということです。
これって、ある意味、自分の子供が「のび〇」であった場合よりキツくないですか?
ああよかった、うちの子はのび〇ではなかったと、胸を撫で下ろしますか?
ジャイ〇ンにように、たくましいのが一番?
スネ〇のように、したたかで賢い子であってほしい?
しず〇ちゃんのように、馬鹿は相手にしない生き方が理想?
そもそも、この四層構造の中で一番マトモなのは誰だろう?
この四層構造の中で一番狂っているのは誰だろう?
この四層構造は、集団生活における自然現象であり、これはこれでいたって正常?
それとも、この四層構造に存在するもの、何もかもが異常?
私は、自分の子供がいじめの被害者になってほしくはないけど、いじめの加害者や観衆、そして恐らく実は一番罪深い傍観者にもなって欲しくなかった。
勉強も運動も出来る、幼い頃から素直な、私の自慢の息子です。
何をやっても平均点で、いじめられっ子だった私からすれば、出来すぎた息子です。
そんな息子がいじめの傍観者に徹していたというのが、只々、ショックでした。
― ― ― ― ―
「難しい問題ですね」
僕は深い溜息と共に、真田さんにそう言った。
「はい、考えれば考えるほど、導きかけた答えが消えていくのです」
僕につられるように、真田さんも、これでもかと深い溜息をついた。
「僕は学校生活をしたことが無いので偉そうなことは言えませんが、言葉にすれば口が腐る「スクールカースト」などという親の扶養下にいる子供らの社会構造などに属さなくとも、実際のところ、ごく普通に、毎日陽気に、学校生活などは送れるのではないしょうか。はなっから集団に期待しない。『ここにいながらにして、ここにいない』という強い精神さえあれば」
「エフさん、失礼ですが、その考え方は、あまりに離れ業ですよ。誰もがそんな突飛な考え方で生きられる訳ではないのです。子供たちはみんな『学校』という特殊な環境のなかで、地に足をつけて息づいているのです」
「す、す、す、すみません。軽率な発言でした」
「私は、これから息子をどのように教育して行けばよいのでしょう。とても迷っています」
「あの~真田さん。軽率ついでに、よろしいですか。あなたは冒頭で国民的アニメの登場人物のお話をしましたが、ある重要な登場人物をお忘れでのようですね」
「重要な登場人物を忘れている? え、分からない。いったい誰だろう?」
「ちなみに、あなたは先程自分の息子さんのことをそう呼びましたよ」
「……私からすれば出来すぎた息子。なるほど! 出木杉君か!」
「希望的観測ではありますが、傍観者の中から、時に凛とした批判者が生まれることがある」
「その通りだ! 傍観者から生まれる批判者! 出木杉君という選択肢があるじゃないか!」
「そうです。屈することなき批判者の前では、加害者も観衆も抑制されるといいます」
「うーむ、出木杉君かあ。出木杉君の方向で行ってみるかあ。だって、納得のいく選択肢は、それしかないのだから」
真田さんの身体が半透明になり始めた。
「さあ、現世のあなたの意識が戻り始めたようです。外までお見送りしますよ。あとはただ光のある方へ歩き続けて下さい。そうすれば、あなたは現世に戻ります」
僕と真田さんは、社屋の階段を下り、屋外へ出た。早朝の太陽が目に痛い。
「よーし、出木杉君だ。出木杉君で行こう。しかし、エフさん、こいつはかなり難易度高いですよ。まあ、何とか子供と一緒にその方向で探ってみます」
「健闘を祈ります! 息子さんと共に、前へ! 前へ!」
現世の光に向かって歩き始めた真田さんに、僕はガッツポーズを贈った。
すると去り際の真田さんは、先程までのやる気にみなぎった顔とは打って変わり、とても冷静な表情をして、最後に僕に、ポツリとこう言った。
「……まあ、私の息子一人が出木杉君になったところで、いじめはなくなりませんけどね」
それは、決して諦めの言葉ではなく、厳しい現実を受け入れた上で、それでも親子でいじめに立ち向かおうとする、父としての決意のように聞こえた。僕には真田さんがとても頼もしく見えた。
「真田親子! それでも、前へ!」
僕はそう激励した。
「ありがとうエフさん! よおおおし! 真田親子! それでも、前へ! 真田親子! 前へ! 前へ!」
真田さんは、そう大声を張り上げながら、眩しい現世の光の中へ消えて行った。
― ― ― ― ―
オフィスに戻り、タブレットを確認すると、また、上司である渡し守ビーさんからの新着メール。
『昨日君が提出した報告書、念のためもう一度全部に目を通したら、是正事項が、追加で50項目ほど見つかったので送る。これらも含め、必ず本日中に全ての報告書を是正・再提出すること』
……ま、ま、ま、マジで、いじめかよ。
更には、そのメールを読んでいる最中に、着信メール。
『追伸。突然ですが、君に明日出張を命ずる。行き先は過去。ちょうど第二次世界大戦の頃だ。戦争で生者とも死者ともつかぬワンダラーがうじゃうじゃいて三途の川の収集がつかないらしい。よろしく頼む』
いやいやいや、まったく、あの、クッソ上司ときたらああああ。
「んもおおおおお、助けて、猫型ロボット!」
気が付くと僕は、そう叫んでいた。
オフィスを、残酷な静寂が包む。
だ、だ、だよね~。
前へ! 前へ! 渡し守エフ! 前へ!
四次元ポケットなんてどこにもない。
秘密道具なんてどこにもない。
叫べども叫べども。
猫型ロボットなんて、どこにもいないのだ。
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