第10話 視線

 無言で口をもぐもぐさせていると視界の端に見たくない物が映り込んだ。

 無視。


 足音は少しずつ近づいてくる。


 近づいてくるなよ。


 足音は私達が座っているテーブルの前まで来た。


「美味しそうなハンバーグね、それに……」


 神経を逆撫でするような発言をし始めている高嶺咲たかねさき、嫌いな女は対面に座っているみちゅ子を値踏みするように見ていた。

 私は手に持っていた食器を乱暴にトレーに置いた。


「お前の顔見たくないって言わなかったけ? 邪魔なんだけど、どっか行ってくんない?」


「?」


 正面にいる女はキョトンとしていた。

 数秒たち何かを理解したのか、玩具おもちゃを手にして喜んでいるような、そんな顔で私に微笑んできた。


「貴方、もしかしてお友達の前だからって『良いとこ見せなきゃ!』とか思っているんじゃないでしょうね? ふふっ、そんなプライドが貴方にあるなんて正直驚いたわ」


「……は? 意味わかんねえし」


「えーっと、図星だったかしら、単純馬鹿って、こうも滑稽なものなのね」


「死ねよ」


「ひどいわ、そんな人に向かって死ねだなんて、後先考えずに行動するのは貴方の良いところだけど、それを考慮して、私が優しくするとでも思ってる? 『自分がされて嫌なことは人にもしません』これを習わなかったのかしら? なんだか貴方って自分のことを『特別な人間』だとか思ってそうね」


「貴方周りからなんて思われているか知ってるかしら? 頭のおかしな女」


「サキさんですよね、さすがに言い過ぎですよ、嫌がってます。やめてください」


 一瞬考えこむような仕草をして咲は言葉を発した。


「貴方、確か美智子みちこさんでしたっけ? いいこと教えてあげるわ」


 その言葉は私にとって死刑宣告にも等しかった。

 この場にはかなりの人数が居て誰が聞いているのかもわからないし、これだけ言い合いをしていれば多少なりとも人目につく。

 それに、みちゅ子に知られるのが一番嫌だった。

 足が少し震えている。


 今日の彼女、少し変なところがあったでしょう?


 言わないで。


 いやぁ、面白いわよ。


 やめてよ。


 どんなことをしていたかわかる?


 やめて。


 人前で公共の場で……


「もういいでしょ!」


 私はテーブルを叩いた。

 大きな音が出た。


 目の前の女は何が面白いのか、大笑いしてしまいそうなのを必死で我慢しているようだった。


「貴方って面白いくらい馬鹿ね、周りを見て」


 周囲は冷たかった。

 先ほどまでの喧騒とは一変して、そこに音なんて存在せず、静まり返っていた。

 すべての目がこちらを向いていた。


「あの人、なんか怒ってね?」

「なにがあったの?」

「やばくね?」


 気づけばその場から走り出していた。




 ーーーーーーーーーーーー


 午後の優し気な光に照らされているカフェテリア。

 近くにあるスピーカーからわずかにだが何かしらの音楽(クラシックの『トロ―チェ』無駄にしゃれたものを使って、まあこの場に何かしらアニメの歌が流れていたら、それはそれで少し疑問に思うのだけれど)が流れていた。



 あの子が度かに走り去っていったものだから、はたまた興味がなくなってどうでもいいやってなったのか。

 その辺はどうでもいいのだけれど、辺りは先ほどの無駄にうるさい、ありふれた物に戻っていた。


「最低ですね」



 安っぽいけれど茶色の綺麗な木目が見受けられるテーブル。

 それに肘をついて、こちらをにらんでくる女に目線を向けた。


 ――全体的に派手な色の服、ここは光度が高い色と言いったほうが適切かもしれないわね。大学は順風満帆ってとこかしら。

 ――特徴的なところと言ったら緑色が多いってとこ。ストラップまで緑ね。

 ――軽くダメだしするなら、ムダ毛の処理、少しだけ口が汚れていること、ほかには……

 ――「だからどうした」って言われるのがオチね。


 私は相手から見て「挑発されている」と感じるであろう顔をしながら「何か文句でもあるの?」といった。


 ――こういうのは語気を強めるのが効果的なのよ。


「あいつがサキさんに何したかわからないけど、さすがにあれは言い過ぎだって、かわいそうじゃないですか、それにTPOってものを」


 ――正論も正論ね。


「みちこさん、それだけ?」


「……ちゃんと聞いてました? かわいそうじゃ」


「あっそ、すごいわね」


「……」


 ――顔真っ赤になっているわね。このままこの女をいじめても楽しそうなのだけれど、前菜で満腹になっていたら笑いものでしょう。

 ――でも興が乗って来たし、もう少しだけやっていこうかしら? んー、放っておくのが吉ね。


 私はその場で少し屈んで目線を彼女と合わせた。

 そのまま顔を近づける。

 美智子の頬を片手で挟み込み、まつげ同士がぶつかるほどの距離まで持ってくる。


「貴方に興味ないから、さよなら」


「は?」


 私は彼女が動揺しているうちにカフェテリアから出た。

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