第9話 友人
立ち上がったと同時に「そんなに張り切って、立ち上がるなんて何かいいことでもあったの?」と後ろから聞こえてきた。
錆びついた首を何とか動かして現実を受け入れた。
「いや、特に何もないけど、座ってばっかりだったから、腰がね」
「腰ねぇ」
そう言うと先ほど私が座っていた椅子の隣に座り、椅子をポンポン鳴らして「座れ」と命令してくる。
「てっきり、気持ちが良すぎてエビぞりの進化版みたいなことになっていると思ったわ」
「なんだよそれ」
「アアン! 咲様ので感じちゃう! ふふ、かわいいわね。んあ!」
「ひとりおままごと好きなの?」
一つため息をついて「貴方を馬鹿にしているのよ、早く座りなさい」と言いかぶりを振った。
おとなしく座る。
「ねえ」
「なに?」
「股に入れているアレの具合はどう?」
「どうって、言われても」
「気持ちいい?」
真顔でそんなことを聞いてきた。
「別に……」
その返答を聞いたのか彼女は薄く笑った。
「ふふ、貴方のそんな顔が見れるだなんて、貴方をここに連れてきた価値があったわ。いつ誰にバレてしまうのかわからない、もしかしたら知らない誰かに『あの女変態かよ、キモ』だとか思われているかもしれないわね。貴方、かわいいわよ」
「……最低」
「もしかして気にしていたの、その割にはかわいい吐息を漏らしていたじゃない
必死に我慢して、表に出さないようにするのは大変よね。さてあと何時間くらいやせ我慢が続くかしらね、あぁ、あの幼馴染にはバレていたそうね」
「そんなにいじめて楽しい?」
「えぇ、とても楽しいわ」
「そっか」
私は彼女の目をまっすぐ見た。
「あら、反抗的な目ね、嫌いじゃないわよそういう子」
「絶対に許さないから」
「へー、じゃあ私を殺す? どうやって殺すつもりなのかしら、まさか、ナイフとか持ってきていないでしょうね」
「極端すぎだろ馬鹿かよ」
「冗談よ、でも貴方に殺されるのも一興かもしれないわね」
そう言って彼女はまた小さく笑う。
お前マジで殺したろか?
再会早々罵倒してきた彼女は満足そうに頷くと、鞄から教材を取り出し机に置いた。
「今はお前の顔見たくないわ」そう言い捨てて私は席を立ち、少し離れた場所に移動する。
講義が始まる。
しばらくして雨降り屋根当る音が聞こえてきた。
やべえな今日雨具持ってきてないじゃん、自転車でとかしんどいな。
窓の方をチラッと見る。
見ると当然のことながら窓のそばに彼女がいた。
目が合う。
すぐに逸らす。
するとクスッという笑い声が聞こえた気がした。
いや、あのクソ女がいるからバスか。
授業が終わった。
「またあとで会いましょう」と言ってくる彼女を背に、教室から足早に立ち去る。
ーーーーーーーーー
「さっきから随分とご機嫌斜めだね」
無視する。
「ねえ、何かあったの?」
「…………」
「ねえ、聞いている?」
「みちゅ子、あれだよ、少しお腹が痛くてね」
「あぁ、なるほど」
みっちゃんは私の頭を撫でてくる。
「大丈夫?」
「うん」
「なんか元気ないけど」
「う~ん、ちょっと疲れてるだけかな」
「あんまり無理しちゃだめだからね」
「ありがとう」
みちゅ子は少し変わったところがあるが本当にいい子だ。
今日の一限目のアレは結局のところお遊びの延長線上の事で、友人である彼女は、いや、親友って言った方がいいのか? でも親友と友人の違いが判らないし、まあ、みちゅ子は大体いつも私の味方をしてくれる。
チョコミントアイスを盗み食いした時は怒鳴られたが、良い思い出だ。
三限目の授業が始まった。
教授の声を聞き流しながら、スマホをいじる。
「今日は真面目に授業受けようと思ったんだけどな、俺も混ぜ」
隣の奴が話しかけてきた。
「うっさい黙れ」
「うええ、お前ってそんなキャラじゃ……」
「キャラとかで一括りにすんなや、クソが」
「いや、ごめん」
「あと、なんで隣に座ってんだよ、ふざけてんのか?」
「みさき君ごめんね、ちょっと今日アレな日だから」
「ああ、そういうことか、なら仕方がないな」
「おい、こっち見んじゃねえぞ」
「へいへい」
四限目が終わるころには、さすがの私も限界だったのか、またぐったりとして机に突っ伏した。
あのクソ女と別の講義室に入ってからは玩具の動きは小さくなったが、ホントに頭がおかしくなりそうだ。
「友人に心配される哀れな子羊ちゃん、おなかすいたねー」
イライラと空腹に耐えかねた私は、全てを破壊したい衝動に駆ら得ながらも、みちゅ子に連れられてこじゃれたカフェテリアへと向かった。
こじゃれているという形容詞が最も適切であろう、このカフェテリアにはこじゃれた学生たちがたむろしていた。
お昼という事もあり、サンドイッチ片手に音ゲー、カードゲームに勤しむ者達。
出来る女を求めた結果であろうか、ノートパソコンを片手に、サンドイッチを食らう、眼鏡をかけた女。
友人と大きな声で馬鹿笑いしている男達。
ここで席についている人に違いはあれども、楽しんでいるという一点に関しては全て同じだ。
そんな現状にイライラは積もるばかり。
なんで自分がこんな目に合わなければならないのか疑問で仕方がない。
悪行が廻りまわってきたとしても、変な女に目を付けられるなんておかしい。
仮にあの女からやり返されるのであれば「鞄にゴミを入れられる」だとかの同じ目にあわされるとかだろう(悪意のある、理解のできる行為だ)。
でもあいつときたら自分の性癖だかなんだかわからない物を私に強制させて。
挙句の果てには学校で羞恥プレイとか。
今に始まったことではないが意味不明と言うしかない。
「そんなに変顔しないでくださいよ、きっとお腹がすいているから、そんななんですよ」
そう言ったみちゅこは私の手を取り、食券機まで引っ張っていった。
「はぁ、まあ、そうかもな、そうだよな、そうだよ、よし! 感じ悪かったな! いつものお前より気持ち悪かった!」
「うわー、またすーぐ、そうやって、喧嘩売るー」
彼女はやれやれといった雰囲気で頭をポンポンとしてきた。
「やめい、鬱陶しい」
「それで、何食べる」
「ハンバーグ定食とか」
「ちっちっち、子羊ちゃん、それじゃあ、甘々の甘ちゃんですぜ。人間という物はねぇ、刺激がなきゃ退屈してしまうですよねぇ」
「そういうみちゅ子はどうするの?」
「そりゃあ日替わりランチですよ、しげきというものはねぇ、ランダム性によって云々ですよ」
「日替わりつっても、大体いつもカレーだとかハンバーグだとか、パターンは決まってるくね?」
「だから君はいつまでたっても甘ちゃんなんですぜぇ、前例に縛られてちゃぁ、生きるのも辛くなりますぜぇ」
「なんなの? その口調」
私が純粋な疑問を言い終わるころには、「ハンバーグ定食」「日替わりランチ」二枚の食券を手にしており、鼻歌まじりに厨房の方へと向かって行った。
窓辺にあるテーブルを確保してしばらく待っていると(スマホをいじりながら)、みちゅこは器用にプレート二枚を両手に持ってきた。
「お待たせしました。保守派筆頭、いつもと変わらない日常、それでいいのかハンバーグ定食です。いつもと変わらない味を、どうぞごゆっくりお楽しみください」
「……」
「わあ! なんと! お客様日替わりランチの方が良いのですか? それはそれはお目が高い! このティルナノーグ産の南蛮焼きを食べたいと!」
「いや、はよすわれよ」
「えー突っ込んでよ」
「にこにこして聞いてやってるだけマシだろ」
「辛辣やなぁ、このツンデレさんめ」
「ツンデレの需要は皆無だ」
そう言って私はハンバーグに手を付けた。
手を付けるといってもフォークで肉をぶっさして口に運ぶという作業のことだが。
いや、作業と言う言葉はネガティブだ。
手を付けるといってもフォークで肉をぶっさして口に運ぶという、いわゆる食事のことだが。
みちゅ子は先ほどから「日常、かわりばえのない」などと
ようするに焼かれたひき肉とケチャップ、香辛料としてびコショウ、それらが使われているこれは、そう! うまいのだ!
安物特有の油の少なさがさっぱりしていて心地が良い。
それを補うために入れられている香辛料が作った人の工夫を表している。
実によい、例えるのであれば、そうだな、リンゴ味のリキュールってところだろうか。
しばらくお互い無言でもぐもぐする時間が続いた。
周りはがやがやとした喧騒に包まれているが、私たちがいる空間、言わばカッコいい大人がお酒を飲む「バー」
私達だけ別の場所にいるようだった。
暇だったのでそのようなこじゃれた文を考えていると、みちゅ子が「ひとくちちょーだい」と言ってきた。
「散々な良いようだったのに、気楽に言うね」
「後生ですから! お願いします! とか言った方が好き?」
手に持っているお箸に南蛮焼きをぶっさしながら言ってきた。
おい、こっちにそれを向けるな。
「べつにどっちでもいいけど」
「ほら、あーんしてあげるから、ちょうだい?」
「へいへい」
そのような悪態とも、「べ、べつに貴方にあーんされても嬉しくないんだからね!」ともとれる態度で目の前に出された肉にかぶりついた。
うん、うまい。
作業のように私もフォークにぶっ刺さっているハンバーグを目の前に突き出した。
「わーい」
漫画の世界で合ったら「パクッ」と言うオノマトペがでかでかと掲げられているであろう食べ方だ。
「うまそうに食うな」と一瞬だけ思ったが、次の行動がまあ、みちゅ子らしかった。
あろうことか、その差し出したフォークを下品に淫らに舐め始めたのだ。
「おいおい、きもいな」
私は笑いながらそう言った。
彼女はもぐもぐと口を動かすだけだった。
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