第5話 私は彼女の玩具

 たかだか100度程度の水を発泡スチロールだかなんだかしらない容器に入れるだけで、腹持ちが豚肉くらいよさげな炭水化物をおいしく調理できる。


 私の得意料理だ。


 仮にガニ股で宙返りをしなければ食べられないと言われても私は食欲と言う意思を、まあ、なんかこう、食べたいっていう感じで、あれだろう。


 棚から取ってきたカップ焼きそば、湯気が立ち込めているそれを目の前にして、うんうんと唸っているのだが、この五分という時間に何をするかは本来ならば自由なのであるが、スマホを触ることはできないし、テレビや小説だったりにも興味はない。

 

 昨日は疲れて早めに眠りにつき、早起きしたはいいものの、小腹がすいてしまい、家を漁ったらこれが出てきた。


 不摂生という者がこの世界には存在し得るのかもしれない。

 別にこのカップ焼きそばを私が勝手に食べようが食べまいが、誰かが不幸になるわけでもなく、ましてや、あの女に何か言われることもないというのに。


 自由は自由でも制限のある自由という物は、自由なのかと言う哲学めいた疑問を浮かべるほどに暇をしていた私は、その五分間を有意義に過ごすためには何をしたらいいかを五分ほど時間を要して考えることにした。


 五分。


 結論としては何もないという結論が出た。

 それが結論であるかどうかは、また哲学的な話になるので議論の余地は無い。


 時にカップ焼きそばには食べごろがいくつかのポイントで分かれている。

 マニアックなところで言うとお湯を入れずに食べる、1、2分で湯切りをする。 

 私としては後者をこよなく愛しているのだが……


 そう、湯切りだ。

 あのクソみたいな行為だ。

 失敗は許されない。

 手が震える、空腹になるとアドレナリンが分泌されてと言うやつだ。




 リビングで炭水化物を摂取しているとあの女が降りてきた。



「おはよう」


「うん」


「朝ごはん?」


「そうだけど」


「ふーん……」


「何? 作れって?」


「いや、自分で作るけど」


「あっそ」


 会話終了。


 会話再会。

「ねえ」


「ん?」


「それ美味しいの?」


「まあまあかな」


「ふうん」


 会話終了、なんなんだこいつは。


 このアホのことは無視して箸を進めた。

 うめえ、どのくらいうまいかと言うと、すんげえうめえ。

 ズルズルと言うはしたない音を立てながら麺を口に運ぶ。


 私が食べ終わる頃、あの変態女が私の横に来てカップ焼きそばを食べ始めた。

 フォークを使って音を立てずにパスタを食べるみたいにやってる。

 なんかムカつくな。

 適当にテレビをつけてザッピングしていると猿が私の肩を叩いた。


「貴方、暇でしょう?」


「まあ、そうだけど、だから何?」


「大学に行ってもいいわよ」


「そりゃまた、どうして?」


「もちろん条件もあるわよ? そして拒否権は無いわよ」


「はあ」



 ーーーーーーーーーー


 バスのふわりとした振動に揺らされながら、違和感を出来るだけ感じないように少しずつもじもじして体制を変える。


 何もない正常な状態であれば昨日の出来事を思い出すかもしれないが、今そんな余裕はない。


 潤滑液のおかげか痛みを感じるようなことは無いが、それでも鬱陶しさを感じる。

 それは私の精神力が足りないせいか、はたまたあの女の意図なのか。


 精神力はある方だ。


 つまりあの女だ。


 拷問だろこれ。


 将棋用語に「パンツを脱ぐ」という物があるのだが、それを実行したくてたまらない。


「貴方にはこのピンクのおもちゃを入れて過ごしてもらわね、もちろん音は出ないから安心しなさい?」だとかなんだとか言って来やがって。

 何がおもちゃ入れて過ごせだよ。


「んなもん入れるわけないだろ! クソったれ!」と言ったのが多分敗着だったと思う。

 いや、そもそも、どのように抵抗しようとも結果は同じだろう。


 あの変態、金持ちで身体能力も高いときた。

 気狂いでなければ大体の男がなびくのにな、女も多分そうだろう。

 だがこいつは、いや、そんな過ぎたことは、どうでもいい。


 私は隣でのんきに鼻歌を歌って外を見ている女の腹を叩いた。


「なに?」


「お前ってこんな特殊なプレイが好きなわけ? 随分とかなり変態だな」


「そうよ」


「これって一日中つけっぱなの?」


「そうよ」


「冗談だよな?」


「そうよ、大学から戻ったらしっかりと、また私が外してあげるわよ」


「猿だな」


「ずっといれっぱが良いわけ? あなたはえらい子ちゃんね」


「バカか、炎症するわ」


 バスがキューブレーキをしたのか大きく揺れた。


「…………はぁ、マジで言ってんのか、てっきり入れる入れないは冗談かと思ったんだけど」


 数十分ほど無言の時間が続き、大学の近くにあるバス停に着いた。

 一限目は確か心理学だったか?


「お前、一限目どこ? 私はあの白髪のおっさんだけど」


「法学よ」


「っはは! 法学を学ぶ前に道徳とかのが良いんじゃない?」


「失礼ね、別に私が何を学ぼうと勝手じゃない」


 彼女は少し顔をしかめた、正論にはなにも言い返せないんだよね。


「あ、忘れていたわ」


 そう言って彼女は私に向かって板状の何かを投げつけてきた。

 それを受け取ると私のスマホであることが分かった。


「いろいろと細工はしておいたから、バカなことを考えるのは、ほどほどにしなさいよ? また痛い目を見るかもしれないからね」


 彼女はそう言うと講義室がある方へと去っていった。

 喉が渇いたな。

 時計を見て一限目が始まるまで少し時間があるとわかったので、適当にどこかぶらつこうと思った。

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