第6話 私は彼女の玩具
適当な自販機で適当に買ったジュースを飲みながら、消臭剤スプレーのような雰囲気、この何一つとして特徴的な物がない講義室Bで(いや、教卓のそばにある、あのおっさんの趣味で飾られている変な形をしている、サラダチキンのようなオブジェクトは除外しての話だが、というか、そもそもとして日常に溶け込んでいる物は異質でであるとは感じない)のんびりと自由という物を堪能している。
もちろんのことだが股の間にある異物は頭から外している。
まあ、うぃんうぃん動いたりしないので、多少はできる。
多少は。
しかし、その程度でしかないが。
私は女に監禁されている(このような外出が認められているという時点で、それが監禁であるかどうかの判断はは人間の認知を超えているが)。
それは間違いのない事実だ。
こうして自由に時間を過ごしているのは、こうやって意味なくぼんやりと時間を潰しているように見えるのは、未知を求めるための有意義な好意である。
故に「自由って素晴らしいよね」と隣の友人に謳歌する行為は、純然たる明晰な意識を持つ私から見れば、いわゆる「戦車がタイツを履く」ような物であり、一般的な人からしたら、そのような比喩は
だが考えても見てくれ。
戦車にものを括り付けるためにタイツで固定すると考えれば、それは現実と過程との対比では、まさしく「妥当」と言えるであろう。
まあ、そういうわけなので、私は今、自由を満喫しているのだ。
そして、そんなことを思いながらも、私は今まさに自由を楽しんでいる最中であった。
私は今、自由を満喫していた。
つまり暇を持て余していた。
退屈だった。
あまりにも何もなさ過ぎて。
だから私は、とあることを実行した。
それはあの女からもらったスマホに電源を入れるという馬鹿げた行為だった。
何があるかわからない、と電源を入れなかったのだが、しかし、もうそろそろいいかと思った。
どうせ、何かしらの事象が起きたとしても本質的には何も……股の中にある「あれ」が一瞬だけ動いた気がした。
気のせいだろう。
私はそう判断してスマホを手に取った。
そして電源を入れた瞬間だった。
「……」
目の前にあったのは無数の通知だった。
まるで雪崩のように私の視界を埋め尽くしていく。
それらはメッセージアプリからのもので、その内容はすべて同じものだった。
―――心配です。どこにいますか?
「うわ」
……。
思わず声が出てしまった。
これはさすがに予想外だった。
なんじゃこりゃ。
それは小さいころからの友人である「みちゅ子」から送られてきたメッセージだった(もちろんあだ名である)。
それに現在最も驚いている原因が、「送られて生きた時間が深夜であること」と、先ほど私が『自由って素晴らしいよね』と言った隣に座っている奴が、みちゅ子だったからだ。
こいつは何を考えているんだ……。
まさかストーカーなのか? いや、こいつはこの前彼氏が出来たとか言っていた。
いや、それは、私を馬鹿にするための嘘だったか。
酔っ払っていたのか? それとも寝ぼけていたのか? もしくは本当に偶然なのか? それとも、たまたま起きていて、なんとなく送ったのか?……。
このような笑えない冗談はやめてほしい。
どうせ冗談だろうが、とりあえず既読をつけないように注意しながら、そのメッセージを眺めた。
いや、もうなんだか面倒になったので横にいる、みちゅ子に問いただそう。
そう思った時だった。
みちゅ子が席を立った。
それは消防署に努めている男たちが現場に急行するような勢いだった。
トイレに行くらしい。
しばらくして好奇心に耐えられず、私もトイレに行こうと立ち上がり。
その時だった(用を足すわけではない、行っても貞操帯のせいで面倒な思いをするのは分かっている。私はそんなに馬鹿ではない)。
サンドバッグを4、5回ほど蹴ったように、スマホが激しく震え始めた。
スマホの画面には、『着信:愛しの君へ』と表示されていた。
えーっと、これ出ていいのか? 出るべきか出ないべきか。
とりあえず小走りで外に移動して電話に出た。
「はいもしもし?」
『……』
「聞こえてる?」
『……』
「もしもし?もしも~ん」
『……』
「お~い、聞こえてますかぁ~」
『……』
「あ、もしもし、俺だよ、俺」
『……』
「もしもし、大丈夫ですかぁ~」
『……』
「おいー」
『昨日はどこにいたのか、言え、さすれば私の正体がわかるであろう』
なんだかとんがり帽子が似合いそうなセリフだ。
「あ、はい、すいません……」
「……実はですね、あの、監禁されていまして」
「あ、監禁といっても、その、部屋に閉じ込められているだけですけど」
『……、うん、まあ、そうだな』
「監禁されていたんですよ」
『直訳した英文だな』
「そうなんです」
『それで?』
「はい、それだけです」
『そうか、ところで今どこだ?』
「はい、大学にいます、みちゅ子が入っていったトイレの近くのベンチに座っています」
『そうか、じゃあな』
「はい」
通話終了ボタンを押した。
「ふぅ」
意味が分からない。
「……」
しかし、この股にある異物はやはり気になるな。
「んっ、ん……」
少しだけ腰を動かしたからだろうね、特に変化はないね。
まあ、そりゃそうだろう。
三月の夜に蚊が現れるくらいありえない。
「うぃん」と動くはずがないのだ。
きっと動くはずがない。
だから現在進行形で行われているこれは、気のせい、気のせい。
そんなわけで(どういうわけなのかは全く持ってわからないが)、現実逃避のために、みちゅ子の様子を見ることにした。
みちゅ子は今、手を洗っているところだった。
「うわ、きもちわるいな、あいつの手」とみちゅ子を見ながら呟く。
「だってよぉ、なんかヌルッとしてるんだぜぇ」「気持ち悪いだろ」などと呟く。
はあ、早く帰ってシャワー浴びたいな。
そんなことを考えているうちに、手洗い場から出てきたみちゅ子と目が合った。
そして次の瞬間には、私は抱きしめられていた。
そして、耳元で囁かれた。
「よかった、愛しの君が、生きていて、さっき変な電話があったんじゃないか?」
おふざけは続くようだ。
「ああ、大丈夫、ちょっと監禁されただけだから」
私はみちゅ子を宥めるように言った。
すると、さらに強い力で抱きしめられた。
いてえ。
「大丈夫か?怪我はないか?酷いことされていないか?怖かっただろう」
「大丈―夫、心配しないでも、私は無事だから」
私はそう言って、みちゅ子の頭を撫でた。
そうすると彼女はくすぐったそうに笑うと「くそう、貴様私の頭を撫でるとは何様だ!」と言い、私の横腹をくすぐって来た。
こちょこちょこちょ。
こそばゆいな、股のアレも相まってなんだか気持ちよくなってきた。
「やめろ」と言って、みちゅ子を突き飛ばした。
そして、私たちは笑った。
笑いまくった。
まるで子供のようだった。
だが、そのあとの一言がいけなかった。
「あの、なんか股の所硬かったんだけど、防弾ベスト的な物つけてんの?」
その瞬間、空気が変わった。
それはもう明らかに変わってしまった。
先ほどまで楽しく談笑していた雰囲気は一瞬で消え去った。
なぜなら、みちゅ子が笑顔のまま固まってしまったからだ。
私は恐る恐る聞いてみた。
「あの、みちゅ子さん?どうされましたか?急に黙り込んでしまいまして」
みちゅ子がゆっくりと口を開いた。
「えっとさ、もしかしてだけど、あんた貞操帯つけてない? 鍵かかってたりする? あ~も~、なんでそんなもの付けちゃうのかなぁ、ネタにしては狂ってるよ」
「いや、みちゅ子のさっきのアレのが狂ってるよ、それと深夜のアレ」
みちゅ子はパレットをショットガンのペレットで破壊つくされたような顔をした。
そろそろ講義が始まるので私達は講義室Bに戻った。
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